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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月23日・ロシアの「男性の日」

ロシアの2月23日は「男性の日」なので女性が男性に記念品を手渡し、感謝の言葉を贈る習慣があります。
日本のこの手の行事はヨーロッパやアメリカの風習を企業が販売促進に利用しようとして喧伝したことで始まったものが大半ですが、これは歴史的経緯が全く違います
この日はソ連時代の1949年までは「赤軍(=ソ連共産党軍)の日」、1991年にソ連が崩壊して2年後まで「ソビエト陸海軍の日」、それ以降は「祖国防衛の日」と呼ばれ、1918年の2月23日に前年のロシア革命から各地で皇帝派との国内戦を繰り広げていた赤軍がエストニアとの国境に近いプスコフから55キロ付近で侵攻していたドイツ軍との間で戦闘になり、これを撃退した日とされています。つまり赤軍が初めて外国軍に勝利した日だからソ連にとっての「祖国防衛の日」なのですが、独ソ両軍の公式資料にはこの時期に当該地域に部隊が存在した記録はなく、「戦闘が発生した」と言う報告もありません。雑兵の集団だった赤軍は兎も角として参謀制度が確立していたドイツ軍にも記録がないことから見てこの戦闘は虚構の可能性が高いようです。
ところがヨシフ・ヴィサリオヴィッチ・スターリン書記長がアドルフ・ヒトラー総統と手を組んで第2次世界大戦に向かう20年の間に史実として定着し、戦後には第2次世界大戦での勝利を加えて「赤軍による対独戦勝利の切っ掛け」と位置づけられるようになり、それが現在まで継承される中で発展したのが「男性の日」です。
当初は主に軍人に敬意を表し、感謝を捧げる意味合いが強かったのですが(野僧がモスクワ放送を聴いていた頃はそのように説明していた)、ソ連が崩壊してロシアと西側の交流が盛んになったことで1975年に国際連合が採択した3月8日の「国際女性デー(IWD)」が導入されたため、これに対する全ての男性の日に変化したようです。
ちなみに「国際女性デー」は1904年にアメリカの女性労働者たちが参政権を求めるデモ行進を起こしたことを記念したものです。一方、11月19日の「国際男性デー」は11月を「男性の健康と病気に関心を持つ月間」としている団体があること(世界保健機関ではない)と1999年のこの日にトリニダード・ドバコで記念行事が始まったこと以外に特別な由来はなく、記念行事も36カ国の非公式な団体が主催しているだけです。
このためロシアでは2月23日の方が国民に定着していて男性たちは至福の1日を過ごすようです。確かに自然環境が厳しいロシアでは逞しい男性の存在なくして社会生活は維持できず、家族が生存することも難しいため感謝の想いを捧げるのは当然なのかも知れません。
この記念日が好ましいのは由来が赤軍の戦勝であるにも関わらずソ連やロシアではお決まりの軍事パレードが開催されないことです。やはりソ連共産党や現在のロシア政府と軍当局も根拠のいい加減さを認識しており、ドイツに抗議された時に反論できないことを自覚しているのでしょう。
日本で同じように男性の存在の大きさを女性・社会が自覚し、感謝するような史実はないかと考えてみましたが、「元寇」でもオチは神風になっていますから思い当たりません。
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  1. 2019/02/23(土) 09:46:27|
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