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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ 1473(かなり実話です)

「お前の中隊長は松山3佐って言ったかな。中々喰えない人間みたいだね」焼酎のお湯割りが少し効き始めた頃、父はようやく本題を語り始めた。森田曹侯補士としては父の意外な一面を知って息子と同時に自衛官としても敬意を抱いたのだが、この問題を避けて通ることはできない。
「うん、東京6大学出身のエリートだけど自衛隊に染まる気は全くないみたいだ。中隊の陸曹たちもおっかなびっくりで仕えてるよ」この説明に父も納得したように苦笑した。
「俺が『民事訴訟を起こす』って脅しをかけたら『待ってました』みたいな口調になって、えらく具体的な段取りを説明し始めたんだ」今度は呆れたように話を続ける。森田曹侯補士は着任して早々に今回の問題の説明を受けた時の松山3佐の意見を思い出してうなずいた。
「それでお父さんは本気で訴訟を起こす気があるの」ここでグラスのお湯割りを飲み干したは森田曹侯補士は息子として父の本意を確認した。本来は固唾を飲むべき場面かも知れない。
方面総監の独断によって将来を奪われる曹侯補士とその家族が民事訴訟を起こせばマスコミが飛びつくのは至極当然で、現在の民政党政権が自衛隊側に立つことはなく逆に厳しく批判し始めるのは目に見えている。ところがそうなって責任を問われるのは北部方面総監・滋賀徳次郎陸将ではなく部下に訴訟を起こさせた第4中隊長であり、第3普通科連隊長なのだ。息子の質問に父の森田3佐はお湯割りを口に運んでから答えた。
「俺が民間人だったら迷うことなく弁護士を雇って民事訴訟を起こすぞ。誰がどう考えても採用時の雇用契約違反だし、不当人事なのは確かだ。そうなれば職権乱用での告発も可能になる」父は「民間人だったら」との前提で語りながらも興奮気味だ。
「民事訴訟で今回の人事が取り消されればお前は予定通りに3曹になれる。陸上自衛隊を相手に訴訟を起こしたことを瑕疵にするのは法的に許されない・・・あくまでも建て前ではだ」ここで父は口ごもった。父も自衛隊生活が20年に迫っており、必ずしも綺麗事だけではないことは十分に噛み締めている。それは先ほどまで語っていた自分自身の経歴・人事も同様だ。
「しかし、俺は3等空佐だ。第3術科学校7科長の職にある。例え北部方面総監の不当人事に抵抗するために起こした訴訟でも自衛隊的には航空自衛隊の幹部が私的な理由で陸上自衛隊の将官を告発したことになる」ここで森田曹侯補士は父の目が潤んでいることに気がついた。それが無念の悔し涙であることは4年間の自衛隊生活を通じて森田曹侯補士にも理解できるようになっている。ところが母が真顔になって口を挟んできた。
「それじゃあ貴方は自分と部隊の立場のために謙作に泣き寝入りしろって言うの」これは母親の本能的な怒りのようだ。日頃の母は良き家庭人でもある父に全幅の信頼を置いて絶対服従している。このように厳しい表情と激しい口調で感情を露わにしたところは見たことがない。
「それは違うよ。自衛隊って組織は最大多数の利益のために少数を犠牲にすることに躊躇しないんだ。今回、僕はその少数になってしまっただけだよ。だけどお父さんは3等空佐、7科長と言う立場にある以上、最大多数の陸上自衛隊と航空自衛隊の関係悪化の原因になることはできないのは当然じゃあないか」「・・・そんなのって変じゃない」やはり自衛官の妻生活20数年の母にもこの不当人事に従おうとする夫と息子の判断は理解できないらしい。
「そう言えば中隊長は僕を3曹にするためのアイディァを考えてくれていたんだ」森田曹侯補士は母の自衛隊不信を和らげるため松山3佐が提案してくれた昇任への方策を説明し始めた。ここで母がお代わりを作ろうとすると飲みかけだった焼酎の5合ビンが残り少なくなっている。母は夫である父の承諾を得て最後までグラスに注ぎ、お湯で割った。
「中隊長は僕を西部方面隊以外の他方面隊に転属させようとしてくれたんだ」「どうして西空は駄目なの」母は聞き慣れている西部航空方面隊の略称を口にしたが陸上自衛隊では「西方」だ。
「それは西方も同じ人事をやろうとしているからだ」森田曹侯補士の前に父が説明した。それで父も下調べをしていたことが判った。
「それにしても若い割に松山3佐は肝が座ってるな。陸は四角四面の型通りに考えられない癖にハッタリばかりが強くて、それでイザとなると腰砕けになる連中ばかりだと思っていたが、平気で方面総監に逆らうんだから大したもんだ」ここで父はあえて息子が所属する組織を揶揄した。演習場での訓練を本業とする陸上自衛隊には24時間態勢で対領空侵犯措置と言う実戦を遂行し、墜落すれば生命を失う航空自衛隊のような覚悟がないのは確かだ。あるのは組織内の常識の中で相互監視しながら自分の野心を実現するための駆け引きだけのように見える。
「お前、陸を辞めて航空に入り直すか。年齢としては22歳だから大卒で入隊するのと変わらない。警備教導隊に配属されればこれまでの経験が活かせるから3曹昇任も遅くはないぞ」意外な提案に森田曹侯補士は母と顔を見合わせて小さく首を振った。
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  1. 2019/02/24(日) 10:52:58|
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