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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1475

「モリヤは大学中退で入隊したから20歳だったな。法学部だったから防衛関係法の座学では法律の解釈を巡って区隊長と口論になって煙たがれてたよ」父の昔話に森田曹侯補士は「それでは安田3曹と同じではないか」と呆れながら残り少なくなったお湯割りを舐めた。
「おまけに高校時代は生徒会長だったそうで妙に存在感があって、階級は2士でも現自組(現職自衛官からの入校者)を完全に喰ってたぞ」父の口調は尊敬や羨望ではなく敬遠に近いようだ。確かにそのような同期は周囲も扱い辛かったはずだ。
「運動神経は決して良くなかったが、大学時代は土建屋で働いて学費を稼いでいたみたいで体力と言うよりも馬力が凄くて、陣地構築ではプロの技を見せていたよ」「だったら職種は施設に行ったんだね」森田曹侯補士は航空自衛隊の職種には詳しくないが、入隊前に暮らしていた官舎には父と同じ基地業務群の施設隊の隊員の息子がいたのでそれだけは判った。
「いいや。アイツは文科系が得意だからって通信でも暗号を希望したんだ。ところが色診で引っ掛かっていたから駄目で、希望者が少なくて欠員ができていた航空機整備になったよ」父は航空自衛隊の職種の選定は適性検査を優先するため隊員の能力が偏ると批判していたが、話を聞く限りモリヤ曹侯生が職人である航空機整備員に向いているようには思えない。やはり傾向としての見解なのだろう。
「結局、航空機整備じゃあモノにならなくて教育隊に転属したところまでは同期の噂で聞いている」つまり安川3曹が教えを受けた新隊員教育隊の中隊長の前に航空自衛隊で班長を経験していたと言うことだ。
「ところが何を思ったのか部外で陸上自衛隊に行っちまって今は2等陸佐になっているそうだ」言われてみればエアコンが効いた職場で民間企業にも通じる仕事をやっている航空自衛隊から演習場では野性化しなければならない陸上自衛隊に転換するのはかなり変わっている。
「おまけにアイツが陸へ行ったばっかりに幹部候補生の俺たちの期は定員180名に欠員ができて179名になっちまったんだ。当直学生が集合を報告するのに計算がややこしくって迷惑したぞ」180名と179名なら総数から1名を引けばすむ話のようだが、欠員を理由別に分類しながらの計算には余計な手間ではある。森田曹侯補士が上番する当直士長が連隊当直幹部に報告することはないので実感は湧かないが想像はできた。
「アイツは陸に行ったからアフリカで敵を殺すことになって、帰国して殺人犯にされて刑務所に入ることになった。その一方で司法試験に受かって今では2等陸佐の法務幹部だ。ついているのかいないのか理解不能な奴だよ」正確には裁判中にモリヤ被告が拘束されていたのは東京拘置所であって刑務所ではない。しかし、この家族にはその間違いに気づく者はいない。
「貴方、さっきからアイツ、アイツって言ってるけどモリヤさんは2佐で2つ年上じゃあないの」ここで母が父を嗜めた。母にも3佐で2歳年下の父が見下して良い相手ではないことは判るようだ。この辺りで酒は終わり、話も尽きた。後は酔いに任せて熟睡することにする。
「僕は静岡に住みたいんだ」翌朝、森田曹侯補士は食事中に突拍子もないことを言い出した。どうやら目覚めから起床までの間に考えたらしい。
「静岡って浜松なの」四国出身の両親にとって静岡県は警備小隊長の3年弱を過ごした浜松以外に知識はない。あの時、暮らしたのは引佐郡細江町にあった官舎だった。
「ううん、富士の教導連隊の即応予備自衛官になりたいから住むのは静岡市だね」森田曹侯補士にとって富士の普通科教導連隊は対抗演習で戦死させられた宿敵だ。北の防壁・最強を自負する第3普通科連隊の隊員としては即応予備自衛官として身を置くのはこの部隊しかない。
「静岡に就職したい会社でもあるのか」ここで辛子明太子をのせて口に運んだ飯を飲み込んだ父が訊いてきた。昨夜、思いつきで言った計画に寝ていて発展があるはずがないが、単に自衛隊の進路相談の質疑応答の定型を踏んだようだ。
「僕は子供の頃から『制服を着たお父さんは格好良いなァ』と思ってきたから民間の仕事には興味がなかったんだよ。入間で生まれてからはお父さんの転属で浜松から八雲、那覇から小牧を回って色々な土地に住んだけど、仕事は浜松の小学校で工場に行ったくらいしか見てないよ」この説明に両親は苦くした顔を見合わせた。森田曹侯補士は学力が全国でも極端に劣る沖縄で中学時代を過ごししたため小牧に転属して受験した愛知県の公立高校は全滅で、地元では「恥」と陰口を叩かれている私立高校に入学することになった。それでも曹侯補士に合格できたのは、それ程自衛隊への憧れが強かったからだ。おそらく本土の中学校で学んでいれば順当な高校に進学して大学受験などの選択肢も生まれたかも知れない。何だか全てが裏目に出ているように思えてきて折角の朝食が進まなくなってしまった。
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  1. 2019/02/26(火) 10:25:44|
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