FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月26日・ウルトラマンの実父・成田亨の命日

2002年の2月26日はウルトラマンと登場した怪獣の実父(ウルトラの父ではない)=制作担当者だった成田亨さんの命日です。72歳でした。
成田さんは昭和4(1929)年に神戸で生まれましたが、間もなく父の実家があった青森市内に転居したため青森県出身になっていることが多いようです。
1歳になる前に囲炉裏の火を掴もうとして左手に大火傷を負う野口英世博士のような経験をしています。左手は数度の手術を繰り返しても完治しませんでした。8歳の時に兵庫県に戻り、こちらで14歳まで学校教育を受けますが青森訛りと火傷のことで苛めを受け、右手だけで描くことができる絵画に救いを見い出し、画家を志望するようになりました。こうして武蔵野美術学校(現在の武蔵野美術大学)の西洋画科に入学したのですが、ここで上野駅前の広小路口に設置されていた彫刻「みどりのリズム」(現在は上野公園内に移設されている)の作者である清水多嘉示さんに傾倒して彫刻科に転科すると在学中に映画「ゴジラ」の制作に参加したことで円谷英二監督の知遇を得て、1966年放送の特撮ドラマ「ウルトラQ」の特殊美術を担当することになったのです。
「ウルトラQ」は高視聴率を上げながらも半年で終了し、新たな特撮作品として「科学特捜隊ベムラー」が企画されたものの主人公がカラス天狗のような怪人だったため却下され、続く「レッドマン」も不採用になり、最終的に「ウルトラマン」に決定しました。
「ウルトラマン」のデザインについては成田さんが佛像好きだったこともあり、没個性で無表情な顔になりましたが、実際の型取りとしては「ウルトラQ」でケムール星人の演技で絶大な評価を得て、ウルトラマンに決定したスーツ・アクター(着ぐるみを装着して演じる役者)の古谷敏さんに合わせたのです。ちなみに古谷さんは「ウルトラセブン」にはアマギ隊員役で出演しています。
成田さんはウルトラマンだけでなく登場する怪獣も手掛けましたが、その際、3つの条件を自分に課していたそうです。それは「過去にいた。または現存する動物をそのまま作り、映像演出の巨大化だけを頼りにしない」「過去の人類が考えた人間と動物、動物と動物の同存合成表現の技術は使うが、奇形化はしない」「体を傷つけたり、傷跡をつけたり、血を流したりはしない」と言うもので、おそらく「ウルトラQ」でこのような怪獣を登場させたことで子供たちに過度の恐怖感を抱かせたことへの反省があったのでしょう。
その最高傑作がセミと人間にハサミをつけたバルタン星人であり、他には武将・黒田長政公の兜をモデルにしたゴモラやオニヤンマのドラコなどがありますが、確かにウルトラマンの八つ裂き光輪やウルトラセブンのアイスラッガーで首が飛んでも血は出ません。
テレビの特撮の仕事は「ウルトラセブン」と「マイティジャック」の途中で降板し、その後は昭和45(1970)年の大阪万国博覧会のシンボル「太陽の塔」の内部に設置された生命の樹の製作に関わるなど芸術家として活動していました。
晩年は尼崎市内にウルトラマンとウルトラセブンなどの実物大の像を建てる運動に取り組んでいましたが多発性脳血栓を発症して逝去したため実現しませんでした。
スポンサーサイト



  1. 2019/02/26(火) 10:27:22|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1476 | ホーム | 振り向けばイエスタディ1475>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5221-1a1648f3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)