FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1476

後段休暇でハワイに行った佳織は父のノザキ中佐と義母のスザンナと一緒にノザキ家、キカイ家の墓所とパンチボールの442部隊の区画にある祖父の墓碑銘に参拜した。ノザキ中佐はパンチボールを訪れる時には軍服を着用するので佳織も制服にした。ただし、この服装では佳織の方が上官になってしまう。
その後は志織の下校時間に合わせてハイ・スクールに行って担任の教師と面談したが、ここでも制服に対しては最大限の敬意を表される。志織は極めて優秀な模範生とのことだった。
「佳織、モリヤさんはあまりハワイのことが好きではないんじゃあないか」志織が居合の道場から帰るのを待って始まった夕食の席でノザキ中佐が訊いてきた。唐突な質問に佳織は困惑しながら志織の顔を見ると首を傾げている。
「そんなはずがないじゃない。今回も一緒に来たがってたんだけど、裁判の方が重要な段階に入るからどうしても抜けることができなかったの。日本からの電話で説明したでしょう」佳織の説明を志織は顔を注視しながら聞いている。
「あの人はいつも『今の志織を一瞬でも見逃すのが惜しい』って残念がってるわ。その大事な志織をハワイに預けているんだから嫌いな訳ないじゃない」説明が長く強くなるほど逆に自信が弱いように感じるのは意地悪な見方かも知れない。
「それはハワイへの好感ではなくて志織に対する愛着だろう。そんなことを言っているんじゃあないんだ」父はコンソメ味の炒め飯を口に運んでいたフォークを置くと真顔になって佳織を見た。それを志織と一緒に見返した。スザンナは黙って3人を見比べている。昔の柱時計があれば「コチコチコチ」と言う音がBGMになるような時間が過ぎていく。やがてノザキ中佐が口を開き、3人は鼻で息を吐いた。
「夏休みの祖先を訪ねる旅で我々は生命の源流に辿りつくことができた。その2つの生命は家族としてハワイに移り住み、新たな流れを発生させている」今日の話題は現実主義者のノザキ中佐にしては珍しく哲学的だ。それでも佳織と志織は宗教哲学者のような夫・父と暮らしていたので違和感はない。ここでノザキ中佐はグラスの水を一口飲んだ。
「モリヤさんにはヤマガタ県に同じような源流があると聞いている。最近になってそれに辿りついたとも言っていた」これは山形県最上郡戸沢村角川の庄司家のことだ。佳織は父の野崎家、義母の鬼海家の菩提寺と墓所を訪ねる旅の前に夫と2人で行ってきた。
「ようやく自分のルーツ(根)を見つけたのに、それを捨ててハワイに来させればモリヤさんは根なし草になってしまわないか」これが父の言いたかったことのようだ。野崎家と鬼海家は二世代の夫婦と子供たちを連れてハワイに移住し、ここで新たなノザキ家とキカイ家を作り、今では合流している。母は伊藤家を捨ててハワイに来たが自分の流れを作ることはできなかった。父はモリヤも同様の苦しみを味わうことを懸念しているようだ。
「確かにあの人は山形へ行ってようやく自分の存在を自覚したような顔になったわ。今までは自分自身が存在していることが許せないでいるようなところがあったから私も安心したの」志織は山形へは同行していないのでこの説明が理解できない。志織にとって父は常に自信に満ちて果てしなく寛大な誰よりも信頼し、尊敬する人物なのだ。
「お前と志織にはノザキ家の血が流れている。だからハワイに永住することも自然な流れだ。モリヤさんが淳之介を沖縄に返したのも彼には沖縄の血が流れているからじゃあないのか。そうなるとモリヤさんはどうなる」父の結句は禅問答の「作麼生(そもさん)」のような鋭い刃となってで佳織の喉元に迫ってくる。そうして止めた息を吐いた時、何故か梢の顔が胸をよぎった。夫は沖縄への出張で梢と過ごした数日間で完全に生き返ってきた。本来は運命の出会いだった梢との人生に先ずは淳之介の母親が割り込み、その母親から奪い取った佳織が割り込んだ。佳織自身は梢以上に夫を愛するつもりでいたのだが職務がそれを許さなかった。おそらく今後も夫婦として人生を共有することは不可能なのではないか。
「私が定年になってハワイに帰ってくる頃には志織は大学を卒業しているから社会人として独り立ちしているわね」ここでも志織には母の唐突な言葉の意味が理解できなかった。日常会話であれば母が定年退職するまでの年数を自分の年齢に加えて快活に同調すれば良いのだが、この言葉には不思議な重みを感じる。志織の身体に流れる母から受け継いだ血がこの言葉の意味を語り始めた。しかし、それを受け入れることができるはずはない。
「そうなればダディとマミィと一緒のファミリーに戻れるんでしょう」「うん、そうなると好いね」志織の返事を聞いて佳織は自分の中で芽生えた選択を胸の奥深くに仕舞い込んで曖昧な笑顔でうなずいた。ここでようやく会食が再開した。
スポンサーサイト



  1. 2019/02/27(水) 09:49:55|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2月27日・陸上自衛隊山口射場で小銃乱射事件が起きた。 | ホーム | 2月26日・ウルトラマンの実父・成田亨の命日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5222-aa0ae573
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)