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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1477

夕食後、佳織はスザンナに洗い上げをまかせて志織と一緒に宿題に取り組んだ。判らない振りをして志織に説明させるのが目的だ。こうすれば勉強の知識は受動態ではなく能動態になる。期待通り志織は母に説明するため知識を頭の中で整理し、確認する作業を繰り返していた。
宿題をやり終えてからは志織との会話を楽しんで居間に戻ってくると父と義母は晩酌を始めている。テーブルの上には義弟の遺影が載っているが佳織も加わることにした。今夜の酒はマリブと言うココナッツのリキュールを牛乳で割っている。マリブの香ばしい甘さが冷たい牛乳に良く合い、このカクテルは飲み過ぎてしまいそうだ。
「夏に日本でモリヤさんに接していて感じたんだが、彼には自分の主張と言うモノがないみたいだな。むしろ自分そのものがないと言った方が適切なようだ」佳織がセルフ・サービスで2杯目を作ったところで父が夕食時の対話の続きを始めた。
「やっぱりハワイで会うのとは印象が違ったの」「彼は以前はソート―宗、今はジョード宗の僧侶とのことだが、久留米の浄土宗の寺でも天草の曹洞宗の寺でも変わりなく自然に振舞っていたな」「どちらのプリースト(僧侶)とも長年の友人のように親しくなっていたわ。ハワイにも日本の色々な宗派の寺院があるけど、やっぱり心の底では互いに対抗意識を抱いていることを感じてしまうのに」佳織の質問には夫婦が交代で答えた。佳織としては夫が佛教だけでなくカソリックの司祭や神父、プロテスタントの牧師、おまけにイスラム教のウラマーまで友人にしてしまうことを知っているので、ここまで感心されると困ってしまう。唯一、神道の神職だけは「廃佛毀釋と国家神道の大罪を悔い改めていないことが許せない」と関わらないが、若い頃には日本神話と古事記・日本書紀について教えを受けたことがあるらしい。
「夫は周囲、特に上司からは自分の考えを曲げない独善的で頑固な人間だと思われているけどそれは間違いなの。自衛官としての彼には職務以外に何もないのよ。中隊長の時は中隊長としての最善を、法務官になってからは法務官としての最善だけを考えているだけ。家庭でも夫として父としての理想だけを追求していて自分の感情は介在させていない。本当なら淳之介や志織を手元に置いて育てたいはずなのに子供にとっての最善だけを考えて許した。そんな人なのよ」佳織の説明に父と義母は顔を見合わせて納得したようにうなずいた。
「おまけに彼には信仰みたいな使命感があるから自分を捨てることに全く躊躇しないの。北キボールでの戦闘の裁判の時に若しも死刑判決が下っても『はい、そうですか』と言って気軽に処刑されてしまったと思うわ」本人は秘かに「死刑になるなら武人らしく割腹が好い。執行方法の表現の自由を求めて提訴しよう」と考えていたのだが求刑は懲役10年であり、佳織はアメリカに留学中で拘置所への面会もままならなかったから本心を聞くことはなかった。
「モリヤさんがそんな人間性になったのはやはり佛教の僧侶として修行をしたからなのかな」父はテーブルの上の義弟の遺影を見ながら質問してきた。アメリカ空軍の飛行服を着て誇らしげに微笑んでいる義弟も死の直前には「マミィ(お母さん)」と叫んでいたことが交信記録で判っている。その死の真相は軍事秘密として明らかにされていない。
「勿論、それもあるけど夫は中学時代から両親に自分を否定するような言葉を浴びせられながら成長してきたみたい」この説明をすると甘いはずのマリブが苦味を帯びてくる。阪神大震災の災害派遣で支援を求めたことを契機に交流が復活した時、それを喜ばない夫を問い詰めると初めて胸の中に抱えている両親と実家がある土地に対する怨嗟の念を吐露した。それは両親が離別した佳織にも信じられない内容だったが、実際に家族に加わってみると日常の中で自覚もないまま繰り返される納得せざるを得ない事実だった。
「モリヤの実家は没落した旧家だからプライドばかりが高くて財力はない。そんな家の次男として育った義父は極端な内弁慶で家族には絶対服従を強いていたの」同じように没落してハワイに移民した家庭の子供である夫婦は表情を硬くして続きを待っている。
「おまけに父親は妹を溺愛していたから鬱憤は全てあの人に投げつけていて『お前が悪い』と言うのが口癖だったみたい」「お母さんはそれに抗議しなかったの」流石にスザンナが質問した。妻であるのと同時に母でもあるスザンナには信じ難い家庭の構図なのだ。
「母親は逆に息子が自分を庇おうとするのを利用したのよ。『貴方が我慢してくれるからお母さんは本当に助かる』って言われれば暴君に使える母親を守ろうとする息子は我慢するしかないじゃない」勿論、これら登場人物の誰にも計算は働いていない。
「そんな夫は禅僧である祖父の弟子になった。陸軍少将の息子でもある祖父の教えで人格を形成したんだから、夫が普通ではない自衛官で僧侶になっても不思議はないのよ」そんなモリヤに惚れた佳織も普通ではない。ここで3人はようやく肩の力を抜いて談笑を始めた。
ま・モリヤ佳織イメージ画像
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  1. 2019/02/28(木) 11:06:24|
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