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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

3月1日・大審院が翼賛選挙を無効とする判決を下した。

敗戦も時間の問題になっていた昭和20(1945)年の明日3月1日に現在の最高裁判所に相当する大審院が昭和17(1942)年に実施された衆議院選挙で非大政翼賛会の候補者・富吉栄三さん(後に洞爺丸で遭難死した)が選挙妨害を受けたとして訴えていた裁判で訴追事由を認め、選挙を無効とする判決を下しました。
戦後に製作された映画やドラマ、歴史番組、発表された小説、何よりも学校教育では戦前の昭和史をナチス政権下のドイツのように国家機能の全てが戦争遂行のために統制されて、反対する者には徹底的な弾圧が加えられていたかのように描かれていますが、そのような暗黒の時代は極めて偏狭で猜疑心が強く、陰湿な性質だった東條英機大将が首相と昭和17(1942)年から無任所国務大臣や内務大臣に抜擢された配下(陸軍士官学校は6期先輩)の安藤紀三郎中将によって演出され、昭和19(1944)年7月22日に東條内閣が瓦解するまでこの国を覆い尽くしましたが、その中でも立憲君主制=法治主義を維持する気概を有する法曹関係者たちが存在していたのは間違いありません。
昭和17(1942)年4月に投・開票された衆議院選挙ではドイツのナチス党やイタリアのファシスト党(ソビエト連邦の共産党も?)のような一党独裁体制の樹立を目指して結成された大政翼賛会内の最大会派である翼賛議員連盟の推薦候補と非推薦候補の対決と言う様相を呈しており、このうち鹿児島2区(定数4名)では非推薦候補である富吉さんだけが落選し、推薦候補4名が当選する結果になりました。これに富吉さんは「推薦候補を当選させるために政府や軍の主導による露骨な干渉や選挙妨害が行われた」として選挙を無効とする訴えを起こし、同様の選挙無効の提訴は鹿児島1区と3区、長崎1区、福島2区でも起こりました。当時の司法制度では選挙無効の提訴は大審院による1審制と決まっていたため法廷を運営する4つの民事部に分割して対応に当たらせたのです。
このうち鹿児島2区を担当した第3民事部は5名の裁判官が鹿児島に出張して鹿児島県知事(鹿児島県内の3つの選挙区で提訴が起きていた)を含む187名を尋問しました。
この時期はミッドウェイ海戦で敗北し、ニューギニアのゴマの守備隊が全滅(=玉砕)するなど形勢逆転が始まっていましたが、どちらも海軍のことなので東條内閣の危機感は弱く、それほど強引な司法介入は行わなかったようです。
それから3年後のこの日、大審院第3民事部は鹿児島2区で推薦候補を当選させるために不法な選挙運動が行われたことを認定し、これを「自由で公正ではない規定違反の選挙は無効となると定めた衆議院選挙法第82条に該当する」として選挙の無効とやり直し選挙を命じ、さらに「翼賛選挙は(大日本帝国)憲法及び選挙法の精神に照らして大いに疑問がある」と国を批判する論評を付した判決を下したのです。この判決を受けて鹿児島2区では3月20日の投票で再選挙が実施されました。ただし、これ以前に他の民事部はそれぞれの担当選挙区の提訴を棄却しており、必ずしも司法の独立が堅持されていたとは言い切れません。実際、この裁判長は判決の4日後に辞職して中央大学の教授になりましたが、特高警察の監視下に置かれたそうです。
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