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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1479

宮城県の船岡に住んでいる茶山元3佐は例年になく訪れが遅い春を待ちかねたように庭の手入れに精を出していた。昨秋の長期予報では国営・民放を問わず「暖冬」と口を揃えていたが、2011年を迎えるのを待ちかねたように冬将軍が襲来し、そのまま占領して猛威を揮い続けている。おまけにこの冬将軍は日本海側と太平洋側を区別することなく豪雪を降らせ、比較的温暖な船岡でもかなりの積雪になった。
「お父さん、お昼よ」茶山家の屋外で時報を知らせる役割を果たしている近くの東船岡小学校の昼のチャイムが聞こえてきた頃、玄関を開けて妻の静(しず)が声をかけてきた。丁度、腹も空いてきたところだ。茶山元3佐は「おう」と返事をすると使っていた道具を倉庫に運んで家の中に入った。今年は3月11日になっても家の中ではストーブが活躍している。見晴らしが良い場所から仰ぐ蔵王山も真っ白で春の始まりを告げる雪入道は姿を見せていない。
「今日はウドンだけど月見にするでしょ」台所から静が声をかけてくる。本当は声をかけるまでもなく夫の好みは熟知しているのだが、それが実家で受けた躾であり、娘にも伝わっている。
茶山元3佐はテレビが点いている居間の炬燵に入る前に柱に貼ってある葉書に手を合わせた。これはカンボジアPKO以来の珍友・モリヤニンジン和尚が豪雪を心配して送ってきた護符だ。まだ幼い息子の淳之介を味のある石地蔵の前に立たせた善通寺時代の写真と延命地蔵菩薩経偈が印刷してある。そろそろ春の仕事が始められるように加護・助力をお願いしたのだ。
そこに静がお盆に載せた昼食を運んできた。昔ほどではないが今でも東北では野菜類などは九州などの温暖な土地から遠距離を運んでくるため割高にならざるを得ない。それでも遣り繰り上手、料理上手の静のおかげで茶山家の食卓は常に充実している。
したがって腹一杯になった食後は休憩から昼寝に移行することになる。これをイタリアなどの南ヨーロッパではシャスタと呼ぶが茶山家ではあくまでも昼寝、少しあらたまれば午睡だ。
「ゴー」静がそろそろ午後の仕事にかかる3時になるため炬燵に腹まで入って寝ている夫を起こそうと思った時、不気味な地響きが迫ってきた。静は少女だった1956年の白石地震、1960年の三陸沖地震を経験しているが、その時の驚愕などとは比べ物にならない恐怖を感じて夫を起こした。
「うん、何だ時間か」自衛隊の起床、即点呼の生活習慣が抜けていないため目覚めが良い夫が返事をした時、床が突きあげるように持ち上がった。炬燵の天板がずれ、上に載せてあった空の湯のみが畳の上に転がる。続いて床が激しく左右前後に突き動かされるように揺れ始めた。
茶山元3佐は柔道の寝技の要領で炬燵から抜けると隣りで茫然自失している妻に覆いかぶさった。停電したのか蛍光灯は消えている。天井板が「バリバリ」と音を立てているから崩れ落ちてきても不思議はない。愛する妻だけは身を盾にしてでも守る覚悟を決めた。
「随分、揺れが長いな」妻の上で茶山元3佐が呟いた。家中の柱が「ミシミシ」と嫌な音を立てている。これまで経験してきた大きな地震でも揺れ自体は時間を考える前に収まっていた。しかし、今回は揺れている時間を数え始められるほど長い。それが規模の大きさを意味しているのか、震源地からの距離によるものなのかは元施設幹部でも専門知識を持っていない。そんなことを考えている間に揺れは収まった。
「こんな大きな地震は初めてよ。この家は大丈夫かしら」小柄とは言え夫の全体重をかけられている静は安堵したところで苦しそうにもがき始めた。
「船岡は帝国海軍が弾薬庫を建設した土地だから地盤は強固なはずだ。その点は安心しても良いぞ」茶山元3佐は胸に感じていた愛妻の体温と弾力を諦めて起き上がると安心させるための説明をした。科学的根拠は不明だが帝国陸海軍が重要な施設を建設した土地は何故か地盤が強固で天変地異で破壊されることが少ない。寺院や神社も犠牲者慰霊のため現場に建立されたものを除けば同様のことが言える。
「それにしても大きかったわね。震度4ははるかに超えていたんじゃあないかしら」静の言葉に辺りを見回すとテレビが台から転げ落ちている。茶箪笥(たんす)も倒れ、上に載っていた額縁や小物が散乱しているが、それでも奇跡的にガラスは割れていない。
「うん、確かに震度5は超えてるな。屋根瓦が落ちていないか見てくるぞ」そう言って茶山元3佐が立ち上がった時、再び同様の揺れが襲ってきた。ただし、今度は倒れ、落ちる物はない。茶山元3佐は静をうつ伏せに押し倒すと上に覆いかぶさった。最初の揺れで柱材の接続部が抜けていれば今度は家そのものが倒壊する危険性もある。縁側のサッシも枠が「ガタガタ」、ガラスが「ミシミシ」と音を立てているが割れてはいない。余震が収まったところでストーブが自動停止していることに気がついた。
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  1. 2019/03/02(土) 10:23:01|
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