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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1482

自衛隊の運用から外れた職場の我々がテレビを頼りとする情報収集と後片づけと言う災害復旧に当たっている時、防衛省の中央指揮所では地震発生から4分後の14時50分に「災害対策本部」が開設され、矢継ぎ早に初動対処が発令されていた。
先ず14時52分に自衛艦隊が出動可能な全艦艇に出港を命じ、57分には大湊からヘリコプターが発進した。その後は陸海空の航空機が偵察のため緊急発進したらしいが、足元の館内には一斉放送などはなく我々は片づけながらテレビを視聴するしかなかった。
「これまでの説明を訂正します。14時45分に発生した地震は東北地方の三陸沖を震源とするものでマグネチュードは9.0と記録が残っている過去にはない史上最大の地震です」突然、アナウンサーが凍りついたような表情になって訂正の説明を始めた。しかし、画面には太平洋の一カ所に震源地を示す「×」が記された東北地方の地図が映っているだけだ。現地からの映像が届かないほどの壊滅的な被害が起こっているのかも知れない。
「なお、大規模な津波の襲来が予想されますから東北地方でも太平洋側におられる皆さまは迅速に高台に避難して下さい。これまで経験していない巨大な津波になる可能性があります。兎に角、迅速に非難して下さい」続いてアナウンサーは懇願するような顔をしながら呼び掛け始めた。私たちは手を止めて立ち上がってテレビを注視する。我々の世代で津波と言えば秋田県を中心に北海道から島根県に襲来して100名の死者を出した昭和58年5月26日の日本海中部地震や奥尻島が甚大な被害を受けて201名が犠牲になった北海道南西沖地震が思い浮かぶが地震の規模が比べ物にならない。
するとテレビは上空から海面を撮影した画像に切り替わった。画面の隅には「提供・防衛省」とある。我々が蚊帳の外に置かれている間にも自衛隊は災害対処に動き出しているようだ。
「あの白い線が津波なんですね」「うん、クッキリしているところを見るとかなり巨大な津波だぞ」1曹と曹長はテレビの前に移動して喰い入るように画面を見始めた。広大な太平洋に石灰で線を引いたような白い波頭が横滑りに進んでいく。日本海中部地震の時も上空を飛行している旅客機の機長から津波の発生が通報されたが画像はなく単なる情報としてアナウンサーが読み上げただけだった。あの頃は自衛隊が偵察のために航空機を緊急発進させてもニュース映像に採用されることはなかった。
「この津波が海岸に向かっているのです。東北地方の太平洋沿岸におられる皆さんは迅速に高台へ避難して下さい。高台まで遠い方は鉄筋コンクリート製の建物のできるだけ高い階に登って下さい。高齢者や身体が不自由な方にも声を掛けて可能な限り一緒に逃げて下さい」流石にこの映像を背景にして呼び掛けると説得力がある。しかし、東京のテレビ各局は東北地方でも避難しなければならない地域は停電になっており、自分たちの番組が視聴できないことを認識していなかった。実際、ニュースで停電や電話の不通が報じられたのはかなり遅かった。
結局、その日は職場待機になって女性事務官以外の男3人は事務室でテレビを眺めながら過ごすことになった。私としては官舎に帰っても単身生活であり、時間を気にせずに年度報告の作成に専念できる上、食事も無料喫職できるので悪くはないが、犠牲者や被災者の気持ちを思えば不謹慎な認識をを持つことが許されないのは言うまでもない。
あの後、地震発生から30分弱で北海道から千葉県までの太平洋岸に最大21メートルを超える津波が押し寄せて多くの集落が壊滅した。その自然の脅威を思い知らされるニュース映像は現地の住人たちからの投稿動画だったようだ。
「東北と言うと三沢の松森曹長、船岡の茶山3佐、山形の庄司さんは日本海側だな。司法修習でお世話になった青森の成田弁護士もいるな・・・」私は仕事の区切りになったところで東北在住の友人、知人を思い出してみた。松森曹長は曹侯学生の同期だが今では航空機整備員から足を洗って三沢の第3航空団司令部で総務員になっている。茶山元3佐は宮城県の船岡に住んでいるが土木工事と災害対処の専門家なので心配の必要性は下がる。山形の親戚の庄司さんは高齢の永(ながし)さんやタツ子さんは心配だが、ニュースで見る限り震度は比較的低かったから一まず安心はできる。青森の成田弁護士については時候の挨拶程度になっているが鉄筋性の立派な事務所兼家屋だったのでこちらも問題なさそうだ。
時間の経過と共にテレビで流れる情報も次第に詳細になり、東北地区では電柱の倒壊と電線の切断に加え各地の火力発電所が停止したためほぼ全域で停電になっているらしい。つまり例え家屋が無事であっても今夜からは寒冷な東北で電気式の暖房は使えず、電池式のラジオ以外に情報収集の方法もないまま過ごすことになる。陸上自衛官・普通科の歩兵である私も演習から遠ざかっているので長期間にわたりそんな生活に耐える自信がない。
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  1. 2019/03/05(火) 09:56:57|
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