FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1483(かなり実話です)

3月11日は金曜日なので名寄の独身隊員たちも外出を楽しみにして午後からの体育訓練でも気分良く汗を流している。そんな森田曹侯補士は安川3曹と2人で駐屯地の外周をノルディックで滑走していた。例年であれば3月も後半になると日光で雪が溶け始め、駐屯地でのスキー訓練も場所を選ばなければいけなくなるのだが、今年は豪雪と寒波の余りでまだ大丈夫だ。
「この時期の雪は重くてかないませんよ」走力では勝る森田曹侯補士も溶け始めたシャーベット状の雪は蹴りが効く反面、前への滑りがつかえてしまうため得意ではないようだ。
「内地のスキー場の雪はこんなものだから慣れておいて損はないよ」正月休暇で帰省した森田曹侯補士は依願退職に同意して現在では進路について悩んでいる。北部方面隊は方面総監の独断による異常な人事処置であるにも関わらず型通りの対応しかするつもりがなく、通常の依願退職者のように冷遇されることが明らかになってきた。このため松山3佐は連隊本部に乗り込んでは1科長と副連隊長を相手に大喧嘩を繰り返している。それを中堅陸曹たちは「中隊長が連隊上層部の心証を害すれば自分たちの人事が不利になるのでは」と危惧し、森田曹侯補士を邪魔者扱いするようになっている。その一方で松山3佐は連隊のバイアスロンの強化訓練に参加させて失ってはならない人材であることを見せつけた。森田曹侯補士もそんな松山3佐の下でなら自衛官を続けたいと考えている。
「それにしてもお前のバイアスロンは勿体ないな。今のまま鍛えていけばオリンピック出場は間違いないぞ」安川3曹は冬季戦技教育隊を卒業しているが速度よりも持久力に優れ、オリンピックの強化選手要員に推薦されるだけの実力はない。その点、高校時代も陸上部で長距離走の選手だっだ森田曹侯補士は連隊のバイアスロン大会ではオリンピック要員にも遜色がない好成績を維持している。その才能も方面総監の独断で抹殺されることになるのだ。
「達する。達する。駐屯地内にいる隊員は至急、自隊に戻るように。繰り返す。達する。達する・・・」その時、駐屯地一斉放送が流れた。この声は1科の総務係の陸曹だが、幾ら「繰り返す」と断っても「達する」までは必要ないだろう。
「何事だ」「さァ、今朝の新聞では特別なことは書いてありませんでしたが」この質疑応答は立場が逆転している。通常は質問の答えに新聞の内容を解説するのは陸曹の方だ
「至急、帰れと言われてもなァ」「一番遠いところですから帰隊遅延ですよ」一斉放送での呼び戻しに遅れることを「帰隊遅延」と言うのは冗談としても面白い。やはり曹侯補士である森田士長には陸曹としての素養は備わっているようだ。
名寄駐屯地は中央から北側に連隊本部や各中隊、他の所在部隊が入る隊舎群と食堂や体育館、厚生センターなどがあり、東側にはグランド、南側にはヘリコプター用の離着陸路がある。2人は現在、滑走路のさらに南側の駐屯地の外れを滑っているのだ。雪が積もっている中では不整地の滑走路を横切るのは危険だ。このまま外周走路を滑って戻るしかない。これでは本当に一番遅い帰隊になってしまいそうだ。
「本日、14時45分に東北地方の三陸沖を震源地とする史上最大規模の地震が発生した」2人が中隊に戻ると廊下に整列した隊員の前で訓練幹部でもある1小隊長が状況説明を始めていた。安川3曹が腕時計を見ると15時20分になっている。一斉放送が流れたのは15時過ぎだったので20分かかったことになるがノルディックとしてはかなりの早さだ。おそらくその間に各中隊長が招集され、状況の説明と指示が伝達されたらしい。安川3曹が最右翼に立っている2小隊長に小声で帰隊を報告すると手で列に加わるように指示した。
「この地震で過去に例を見ない大規模な津波が発生したことも確認されているが、現地は停電になっており、津波情報や避難指示が伝達できず、住民の自己判断が適切であることを祈るしかない」ここで1小隊長の声に悲壮感が加わった。実際、この時間帯に最高21メートルを超える巨大な津波が東北地区の太平洋岸に到達しつつあった。
2人は列に加わって1小隊長の説明に耳を傾けたが、東北地方で大地震が発生した割には全く気がつかなかった。北海道と本州は地盤が一体ではないため関東に比べて距離が近い名寄では震度2弱だった。だからノルディックで滑走中には振動を感じなかったようだ。
「こうなると陸上自衛隊には最大規模の災害派遣が発令されるのは間違いない。しかもそれはこれまでの演習では経験していないような長期間になるだろう。出動予定日時は未定だが、営外者、営内者は共に派遣準備を万全にして何時でも非常呼集に応じられる態勢で待機するように」説明を終えると1小隊長は「気をつけ」と号令をかけ、隣りに立っている松山3佐に敬礼して最右翼に移動した。いつもならここで小声のざわめきが起こるのだが、今回は重苦しい空気が廊下に充満した。安川3曹はイラク派遣が発表された場面を思い出していた。
スポンサーサイト



  1. 2019/03/06(水) 10:21:38|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ 1484 | ホーム | 3月6日・ドイツ海軍を建設した軍政家・テルピッツ元帥の命日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5236-2b7a04f4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)