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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1485

翌日、安川3曹は早朝6時に出勤し、各小隊の人員確認を受けた後は資材をトラックに積載する作業に当たった。トラックを用途別に分けて中隊の訓練資材倉庫に横付けし、陸曹の指揮で陸士たちが運び出した資・器材をトラックの荷台に積載して行く。この作業自体は演習の度に繰り返しているため陸曹から陸士まで熟練している。しかし、通常であれば1週間を目途にして予定されている状況に対応する資・器材を選べば良いのだが、今回は作業指揮官の1曹も自己判断する経験がなく、小隊長から手渡された積載物品の一覧表の通りに資材倉庫から運び出し、異常の有無を確認した上で転落しないような積載を指導するしかない。要するに宿泊と調理、土木工事=陣地構築用の器材は全て持っていくが、武器などの戦闘の道具は置いて行く。その中で2小隊は作業器材の担当だ。
「ショベルは全員分ありますかね」陸士が資材倉庫の中から運び出してくる土木用具を並べながら安川3曹が訊いてきた。普通科中隊の編成上の人員は約200人だ。他の方面隊では定員割れが常態化しているが、陸上自衛隊は無理してでも北の防壁を固めているから定員通りだ。演習では携帯用円匙(エンピ=折り畳み式小型ショベル)を使うためショベルや十字(=ツルハシ)は陣地構築用だけになり、全部を出したことがなかった。
「積む前に員数を確認しろ。1本を台にして9本を載せて並べるんだ。先がすり減って丸くなった物は予備として分けて積載しろ」安川3曹の確認に監督をしている中堅の2曹が指導を加えた。ショベル1本を寝かせて上に9本を並べるのは本部管理中隊の施設作業小隊の隊員に習った要領だ。名寄ではショベルをアスファルトの道路の雪掻きに使うため先がすり減っている物も多い。これは雪掻きには支障がなくても土を掘るには具合が悪い。
まだ派遣先は明らかにされていないが、津波に襲われた地域であれば倒壊した家屋が土砂に埋没していることは想像に難くない。昨夜、連隊本部3科の運用訓練幹部が徹夜で作成したらしい派遣計画(案)の別表である積載物資の一覧表にも土木工事用の器材だけでなくチェーンソーや鉈(なた)、鉞(まさかり)などの木工用具も入っている。
「うーん、これをどの順番で積載するべきなのかな」「転落防止のためには箱に入った物を最後にしないといけませんが、これでは困りますね」指揮官の1曹と監督の2曹の船頭2人がトラックと倉庫の間の路側帯に並んだ器材を見回しながら相談を始めた。これまでの演習であれば銃架(じゅうか=小銃を立てる鍵付きの台)を奥にして毛布を掛けて目隠しをする。荷台の両側の座席には隊員が座るため足と足の間に小物を積み、手前に器材を収めた箱を置いて蓋にする。実際、演習ではトラックが急ブレーキを掛けて横滑りした器材が転落した事故事例もあった。ところが今回はショベルや十字、鉈や鉞などの小物が大半で箱はチェーンソーしかない。派遣先までの経路は道路が寸断されていることが予想されるから振動はかなり激しいはずだ。途中で転落するれば作業指揮官としての責任を問われる。勿論、出発前には中隊長が確認するがそれはあくまでも形式的手順だ。
「ビニール紐をショベルの取っ手に通してつなぎましょう」指示されたようにショベルを並べ、先端の確認を始めていた安川3曹が2人の相談を耳にして提案した。この頭の柔らかさが安川3曹の持ち味なのだ。船頭2人は格好の助け船に表情を緩めてうなずいた。そこに十字を2本担いだ森田曹侯補士がやってきた。ショベルは出し終って次は十字になっているようだ。倉庫の中でも若手の3曹が作業を監督している。
「こんなことをやっている間にも助かる生命が死んで逝っているかと思うといても立ってもいられなくなります」森田曹侯補士は独り言のように安川3曹に呟いた。統計学的には災害発生がら72時間を境に生存率が大幅に低下すると言われている。その意味ではこの時間にも生命は次々に失われていっていることになる。その冷厳な事実を知識として有している安川3曹は表情を強張らせて森田曹侯補士を見返した。安川3曹は昨夜、しばらく会えなくなる聡美を抱いたのだが、やはり犠牲者と被災者の姿が頭をよぎって燃え上がることはできなかった。
「これでは俺たちは人命救助じゃあなくて遺体回収に派遣されるみたいですね」森田曹侯補士が黙っている安川3曹に独り言を続けると監督の2曹が叱責した。
「実際にそうかも知れないが、士気を下げるのような発言は慎め。俺たちは上の命令に従って任務を遂行するしかないんだ」「はい、すみません」森田曹侯補士は首だけでお辞儀をすると倉庫の中に戻っていった。安川3曹も立ち上がって頭を下げた。これは陸士の不適切な発言に対する指導を怠ったことへの謝罪だ。
確かに初動対処としては時期を失している。それが阪神大震災において自衛隊の派遣を躊躇した社会党の村山内閣と同様の理由でないことを願いたい。
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  1. 2019/03/08(金) 11:10:47|
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