FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ 1487(かなり実話です)

ようやく災統合任務部隊の編成が最高指揮官=内閣総理大臣に認可されたことを受けて、司令部は14日から活動を開始するため北部方面隊と東部方面隊に前日の移動を指示した。
安川3曹たちの第3普通科連隊は名寄から小樽港に移動し、そこからフェリーで秋田港に渡り、陸路で岩手県宮古市に向かった。宮古市は他の岩手県の太平洋岸と同じくリアス式海岸の奥に市街地があるため、両岸によって遮られた波が高く勢いを増し、尾沢一郎利権で建設された高さ10メートル、長さ2433メートルの地元の人間が「万里の長城」と呼んでいた巨大な防潮堤も易々と超える津波が押し寄せた。むしろ防潮堤への絶対的な信頼がかえって住民の避難を遅らせ、海岸に近い地域の住民の多くが行方不明になっている。
「これは・・・」移動の間、トラックの荷台から顔を突き出して外を見ている隊員たちは言葉を失っていた。ヘリコプターによって確認した通行が可能な道路を選んで移動しているのだが、いたるところで山肌が崩落し、橋も隊員が徒歩で渡って安全を確認し、続いて小型車両から順番に通行することを繰り返している。不安がある場合は隊員が下車して重量を軽くし、犠牲者を少なくした上で渡っている。通過する小規模な集落も家屋が倒壊し、消防や警察の作業服を着た人たちが人力で捜索している。道路上に駐車しているパトカーや消防車の汚れから見て地震発生直後から活動していることが想像された。今回は森田曹侯補士とは車両が分かれたが、隣りに座っていれば出遅れを自分の責任であるかのように嘆いたことだろう。安川3曹自身も1人で悔み、唇を噛んでいた。
夕方になって連隊長が乗ったジープを先頭に宮古市に入ったが、倒壊を免れた市役所までの中央道路だけは応急的に啓開してあるもののそれ以外は倒壊した家屋が折り重なり、町の原形も判らない。おそらく家屋の下敷きになっても生き残っていたにも関わらず助けを待ちながら息絶えた被災者も少なくはないはずだ。これから撤去作業を始めてそんな遺骸を発見した時、自分たちが謝罪するべきなのか、派遣命令を遅らせた東京の偉い連中を糾弾するべきなのか。
派遣準備の合間に見たテレビでは最高指揮官は震災による津波で福島の原子力発電所が津波で破壊された問題に執心しており、自衛隊のヘリコプターで現地にまで乗り込んで必死に対応している職員を集めて恫喝していた。
「そんな暇があれば即断即決で派遣命令を決裁するべきだった」安川3曹はこの怒りを作業への覇気に切り替えるべく拳を強く握った。
宮古市の対策本部が指定した宿営地は宮古市街から1時間ほど上った閉伊川の河川敷公園だった。被災した現場からはやや遠いが、1000名の隊員が一カ所に宿営するだけの面積がある。ただし、公園の公衆便所は上流にある浄水場が被害を受けて水が出ないので使用はできない。
阪神大震災の時は神戸市の笹山幸俊市長以下の自治労・県教組が学校や公共施設を自衛隊に提供することを拒否し、兵庫県の命令で校庭に宿営することになっても校舎への立ち入りと児童・生徒との接触は拒否された。それに比べれば宮古市の対応には十分な配慮があり、復興に向けての意欲に火が点き、燃え上がってくる。
宿営地に到着後、連隊本部4科の施設幕僚が公園内の区割りを決めていく。それを各中隊の訓練幹部が細分化する。そうして第2小隊本部の天幕展張の作業指揮官に当たったのが安川3曹だった。この他にも野外便所を掘る作業や配食場に残飯を埋める穴を掘る作業など全員が掛かり切りになっていて個人天幕=寝床を用意する時間は与えられていない。本来は明るいうちにやりたい作業ではある。
「第2小隊本部の業天(業務用天幕=テント)、張り終わりました」安川3曹は作業現場を見回っている2小隊長に報告した。
「早かったな。ここでの宿営は長期化する予定だから簡単に倒れては困るぞ」そう言いながら2小隊長は4隅に張ってある固定ロープを手で揺する。ここは芝地だから打ち込んだ杭の強度には自信がある。作業が早かったのは演習場とは違って整地されているため余計な作業を必要としなかったからで手抜きではない。
「次は小隊本部の資材を搬入してくれ。1号トラックに積んである」点検を終えた小隊長の満足した顔を見て小隊先任陸曹が次の作業を指示した。
「はい、安川3曹」安川3曹は姿勢を正して返事をすると陸士たちを指揮して宿営地脇の道路に停めてある1号トラックに向かった。
「やばい、来やがった」すると数人の男たちがトラックの荷台に上がって中を覗き見していた。男たちは安川3曹たちの姿を見て焦ったように飛び降りると走り去っていった。服装から見て地元の人たちではない。おそらく市内からついてきたマスコミ関係者らしい。
東北地区太平洋沖地震1名寄駐屯地の広報紙から転用
スポンサーサイト



  1. 2019/03/10(日) 11:18:08|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<覆面レスラー・ザ・デストロイヤーさんの逝去を悼む。 | ホーム | 3月10日・鎌倉の鶴岡八幡宮の大銀杏が倒れた。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5244-972c7971
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)