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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1489 (かなり実話です)

田老地区へ向かう1中隊は96式装輪装甲車を使用した。田老地区は宮古市街から海岸沿いに北へ約15キロの距離にある。昨日、偵察隊はバイクで現地に向かったが道路が寸断されていて一般車両での移動は不可能だった。偵察隊は帰路には内陸を大きく迂回する経路も確認したが、こちらもトラックは無理だった。
派遣隊は田老地区の総合事務所の広くはない駐車場に装甲車を停めた。しかし、出迎える職員はいない。案内のため中隊長車に同乗してきた宮古市の職員が建物の中に入っていった。
装甲車で来ているため隊員たちは外の様子を見ていない。前席に座っている操縦手と車長は信じ難いような惨状を目の当たりにしてきたが、口をつぐんで何も言わなかった。
「各車両、下車」先頭車両から下りた中隊長が大声で指示した。すると車長が開けていた上部ハッチ越しに指示を聞いた隊員たちがざわめき出した。
「よし、下車」車長の号令に後部の出入り口の前の席だった陸曹がドアを開け、隊員たちは先を争うのように外に出た。するとそこで硬直したように動かなくなった。本来は各車両の前に整列し、異常の有無を確認・報告しなければならないのだが、目の前に広がる地獄絵図のような光景に奪われた意識に思考が追いつかないのだ。
「集合ッ」操縦手を残して車両から下りた車長が怒声のように号令をかけた。すると隊員たちは条件反射で横隊短間隔に整列した。
「42号車、第1分隊、異常なし」「43号車、第2分隊、異常なし」「44号車、第3分隊、異常なし」96式装輪装甲車の乗車定員は武装していなければ車長以下12名、つまり1個分隊だ。したがって分隊長は下車したその場で人員を掌握し、指揮を執ることができる。この2桁の車両番号は小隊ごとの建制順になっており、40番台は4小隊の車両、中隊長車は01号である。
各分隊長の報告を受けた各小隊長が中隊長に報告しているところに市役所の職員と足元も覚束ないような男性が2人出てきた。
「宮古市田尻地区総合事務所長の菊池です。災害派遣、御苦労さまです」菊池と名乗った年配の職員が中隊長に声をかけた。宮古市の説明では田尻地区の総合事務所は高台にあるため駐車場を除き津波による被害は受けていないが、電気と通信は完全に遮断しており、職員たちも家族の安否や自宅の被災状況の確認を後回しにして不眠不休で対応に当たっていると言う。
「通信手段がなくなっていますので事前連絡が入らず、ご無礼しました」菊池所長は中隊長に会釈すると若い職員に顔を向けた。
「捜索現場についてはこちらの田村に案内させますから自衛隊の戦車に乗せてやって下さい」「判りました。私と一緒に01号車にどうぞ」中隊長の返事に菊池と田村は無精髭が伸びて、目の下に濃いクマができた顔を見合わせてうなずいた。
「ところで避難所は何カ所ありますか。今日は無理でしたが近日中に炊き出し支援も始めたいと考えています」「えッ、炊き出しですか。ウウウ・・・」中隊長の申し出に菊池所長は突然、泣き出した。道路が遮断されているため救援物資の輸送ができず、職員だけでなく避難している生存者も備蓄していた缶詰などを食べているらしい。中隊長は車載無線機で作業現場から装甲車を返し、必要な器材と食材を積載してくることを宮古市役所内に開設した連隊の現場指揮所に要請した。
「ここから始めましょう」「海沿いの方が被害が大きいのではないですか」若い職員・田村は田老地区でも漁港から離れた山沿いの地区に案内した。中隊長としては最も被害が大きかった海岸近くを考えていたのだが田村は無表情に首を振った。
「あそこには生存者がいません」震災が発生してから5日間、総合事務所の職員たちは瓦礫の山を掻き分けながら生存者を探し回っていたようだ。
「遺体だァ」作業を始めて早々に隊員たちから野太い声が上がった。人力で倒れた屋根の破れた個所を広げ、天井板を撤去したところで床に倒れている人間を見つけた。全身が泥塗れになっているが体格から見て女性のようだ。生死の判定をするまでもなく顔が水溜りに浸かっている。
「これは年寄りだな」「婆さんだ」それを聞いて1中隊長は瓦礫を踏んで歩いて行き、後に隊員の負傷を応急処置するために本部管理中隊から配置されている衛生隊員もついて行った。しかし、遺体を見たことがないらしい若い衛生隊員は青ざめていた。
「遺体はどこに運びましょうか」「待って下さい。低地にあった公共施設は被害を受けていて、何とか無事だった学校の体育館と校舎を避難所にしているんです。被災者と遺体を一緒にする訳にはいきませんから」職員の携帯電話は充電が切れていると言うので、1中隊長は総合事務所に残してきた中隊本部の陸曹に無線で連絡した。これを「対応が後手に回っている」と批判するのは都会の安全地帯にいる人間の傲慢だ。現場では全てに対応能力の限界を超えているのだ。
東北地区太平洋沖地震3名寄駐屯地の広報紙から転用
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  1. 2019/03/12(火) 10:42:51|
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