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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1494(かなり実話です)

「この家の住人はどうですか」「高齢者夫婦だが行方不明になっているな」宮古市での行方不明者の捜索と倒壊家屋の撤去作業も市役所との連携が緊密になったことで順調に進み出している。分隊長以上の指揮官には担当地区の住民の情報が記入された住宅地図が配られ、捜索と撤去を同時進行で実施できるようになった。
「この辺りは津波が海まで引き込んでいる可能性は低いから中に仏さんが残っているかも知れん。そのつもりで捜索しろ」命令を受けて隊員たちは倒壊している屋根の破れた個所を探し始める。人力では屋根全体を撤去することが難しいため破損個所を広げて分解して行くしかない。
「ありました。ここが壊れています」瓦が落ちた屋根の倒壊した衝撃で歪んで破損した箇所を見つけた隊員が報告すると指揮官は確認に向かい木工用具を持った隊員たちが続いた。
「この位置なら居間か台所だな。作業始め」指揮官の命令で屋根材の裂け目にバール(鉄梃=かねてこ)を打ち込んで押し広げていく。そうして人間が中には入れるようになれば天井板を撤去して室内の捜索にかかる。4月になって気温が高くなる前に捜索を完了したいものだ。
そうした家屋の捜索と同時進行で道路と通路の啓開作業も進んでいる。道路は大型の建設器材を持ち込むだけでなく撤去した廃材の運び出し、何よりも発見した遺骸の移動のためにも迅速に整備を進めなければならない。このため隊員たちは「ショベル全部」と言う一覧表を鵜呑みにして積んだ雪掻き用の平スコップ(先が平らなショベル)で土砂をどかす作業に励んでいる。勿論、パンクの原因になる釘やガラス片などには細心の注意を払わなければならない。
宮古市に限らず田舎の被災地では各自治体と自衛隊の緊密な連携と固い信頼によって災害派遣が成果を上げ始めている中で仙台市内では自衛隊は苦悩させるような敵が跋扈していた。
災統合任務部隊に投入された東部方面隊は東北自動車道や主要幹線道路など首都圏からの大動脈の啓開を進めていた。ところが3月16日になってアメリカ政府が福島第1原子力発電所の破壊に伴う放射能漏れに対して在日アメリカ軍を含む全てのアメリカ人に原子炉から80キロ圏内への立ち入りを避けるように勧告したのだ。このため3月12日に日本政府が出した20キロ圏内からの避難指示に対する疑問が生じたことで復旧作業は中断を余儀なくされた。
大手マスコミは交通網が寸断されている上、放射能に汚染された地域での取材に社員労組が反対しているため記者を派遣できないでいる。こうなればフリー・ジャーナリストが取材した現地情報を買わなければ報道を維持できない。ところが同じ話題が長期化すれば刺激が強い情報でなければ高値で売れなくなるのは至極当然だ。
「お前たちはここに立ち入る許可を取っているのか」仙台市内でも海沿いの倒壊した家屋の住民の捜索を始めた部隊に首に本格的なレンズをつけたデジタル・カメラを提げた男が声をかけてきた。指揮官は分隊長の1曹だったが、小隊長から担当地域を命じられているだけで立ち入り許可の手続きについては聞いていない。何よりもこの地区の住民の多くは津波で行方不明になっており、生き残った人たちは避難所に行っている。今回の津波では若林区役所も被災した上、業務が殺到・錯綜していて綿密な連携を図る余裕などはない。
「公的命令で捜索を実施してるんです。手続きに問題はないでしょう」1曹は手を止めて見ている隊員たちに「作業、始め」と声をかけた。
「捜索にはこの家を壊すんだろう。許可もなく他人の所有地に侵入して勝手に家屋を破壊することは家宅侵入罪と器物破損になるんじゃあないのか。お前たち自衛隊には警察官や消防士のような権限は与えられていないはずだ」背中を向けて作業を監督している1曹に男は声をかけ続けた。
「そう言う君は公務執行妨害を犯しているじゃあないか。人に声をかけるのなら姓名官職を名乗るべきだろう」1曹は振り返ると努めて平静を装いながら反論した。ただし、「姓名官職」と言うのは自衛隊を含む公務員の業界用語で民間人に対しては誤用だ。
「俺はジャーナリストの松田俊兵だ。名乗った以上は取材にさせてもらうぞ」松田と名乗った男は一方的に宣言するとデジタル・カメラを構えて捜索作業をしている隊員たちを撮影し始めた。それが次第に中に入っていく。隊員たちは困惑して放置している。1曹はジャーナリストと言うテレビでは聞くことがある人種と接触した経験がなく取り扱いが判らなかった。
「お前たちは金目の物が出てきたらどうするんだ。誰も見ていないことを幸いに山分けするんだろう。そう言うのを火事場泥棒って言うんだ」松田は捜索のために屋根の隙間から中を覗いている若い陸士に近づくと質問のような侮辱を加えた。これでは作業に集中できない。1曹は腹を決めると松田に歩み寄って声をかけた。
「作業には危険が伴いますから民間人の立ち入りはお断りします」「やはり何か悪事を働くつもりだな」1曹は松田の出現で災害派遣における「敵」の存在を認識することになった。
東北地区太平洋沖地震4名寄駐屯地の広報紙から転用
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  1. 2019/03/17(日) 11:15:18|
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