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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1495

「貴方、お疲れさま」災統合任務部隊の活動が本格化して仙台空港はアメリカ軍の活躍で輸送拠点として機能し始めた頃、私の職場に妻であるモリヤ佳織1佐が顔を出した。
「何事だ。まだ通信学校には派遣命令は出ていないはずだぞ」私の意識は有事態勢に切り替わっており、数週間ぶりの妻との再会も職務離脱を疑ってしまった。逆に1佐が入室すれば「気をつけ」を掛けて敬礼すべきところでもあるがそちらには意識が回らなかった。
「私も災害派遣に行くことになったのよ。今日はウチの幕長と統幕長に申告に来たの」思い掛けない説明に私は困惑してしまった。通信学校が災害派遣に投入されれば陸上幕僚長に申告することは理解できるが、それは校長の役目だ。何よりも統合幕僚長に申告する理由が判らない。私が黙っているとモリヤ1佐が説明を続けた。
「統幕の二国間危機対応チームとして在日アメリカ軍のトモダチ作戦に参加するのよ。私は連絡官兼調整官兼アドバイザーとして海兵隊に同行するわ」私も担当していている裁判の関係で顔を出す統合幕僚監部でこの奇妙な名称の組織が設立されたことは聞いているが新聞やテレビでは報じられていない。大手マスコミの最近の報道は福島第1原子力発電所の原子炉破壊に関する解説で紙面・時間の半分を潰している。すると私の中で不安がよぎった。
「まさかアメリカ軍のCBIRF(化学生物事態対処部隊)に同行して福島の原発に行くんじゃあないだろうな」私の質問にモリヤ1佐はユックリ首を振った。その顔には妙な安堵感がある。
「流石は私の旦那さまね。着想が的を射ているわ。政府から要請があればCBIRFが派遣される可能性はあるけど、もう手遅れね」確かに初動対処であればCBIRFの活躍を期待できるが、ここまで事態が深刻になると軍の現地対処部隊の手には負えないのかも知れない。
「自衛隊も大宮に作っておけば独自の対応が取れたんだがな」私の嘆きは地下鉄サリン事件の時にも吐いた覚えがある。かつて陸上自衛隊が大宮の化学学校の中に核戦争と生物・化学兵器による攻撃に対処する部署を設立しようとした時、社会党が「核戦争や生物・化学兵器による攻撃を想定しているのか」と批判し、左傾マスコミが「自衛隊が生物・化学兵器攻撃の準備に着手」と曲解報道を始めたため頓挫した。その社会党の委員長が首相になっている時に地下鉄サリン事件が起きたのだが、今回は市民団体の活動家が首相だ。
「そう言う訳で厚木から海兵隊のヘリコプターで強襲揚陸艦エセックスに向かうの。派遣先は気仙沼の大島の予定よ」先ほどは福島第1原子力発電所への派遣を心配した私の推察を誉めてくれたが、今のモリヤ1佐も妙に溌剌としていて守山の通信大隊時代を思い出させる。やはりアメリカの軍人の娘は困難な任務に立ち向かう時に血が湧き立つらしい。そうなるとその血統を受け継ぐ志織が同じ気質であっても不思議はない。
「それじゃあ、行くわ」「待て」モリヤ1佐が壁の時計を見て立ち去ろうとするのを私が呼び止めた。先ず机の中から駐屯地のPXの紙袋を取り出して手渡した。
「マシュマロ・デーの贈り物だ。会った時に渡そうと思っていたんだ」「ありがとう・・・梢さんには送ったの」「うん、3月14日には間に合わなかっただろうけどね」11日に大震災が発生してからは気軽に買い物ができなくなり梢にもPXで買って駐屯地内のポストに投函した。佳織には市販のマシュマロの消費期限は意外にも数カ月先なので、それまでには会う機会があるだろう」と机の中にしまっていたのだ。次は周囲の協力を得なればならない。
「すみません。30秒間目をつぶっていて下さい」こうなればやることは決まっている。「廊下に出て」と言う選択もあるがあちらは不特定多数が通過する危険性がある。曹長と1曹、女性事務官が目をつぶっただけでなく顔を背けたのを確認してからモリヤ1佐を抱き締めた。
カンボジアPKOに出発する前にはまだ伊藤佳織2尉だったモリヤ1佐を初めて抱いた。北キボールPKOでは1人で旅立った。今回は職場での抱擁だが出陣する妻を送る作法としては不謹慎ではないはずだ。私たちは互いの体温と私は弾力、佳織は腕力を確認した。
「もう好いですか」「はい、どうぞ」抱擁と口づけを終えて余韻に浸っているところに1曹が声をかけてきた。モリヤ1佐は通信学校の官用車で来ているのでドライバーをあまり待たせることはできない。丁度良い合の手だった。
私はエレベーターまで見送ったが、ドアが閉まる時、モリヤ1佐は姿勢を正して挙手の敬礼をした。その凛々しい姿が目に焼きついた。
「モリヤ2佐ご夫婦の抱擁シーンってハリウッド映画みたいですね。ドキドキしてしまいました」部屋に戻ると女性事務官が変なことを言ってきた。
「ガラスに映っていたんですが、奥さんが羨ましくなりましたよ」還暦目前の女性事務官は地震発生時に準レイプ・シーンを演じて以来、私に送る視線が熱いようだがやはり危ない。
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  1. 2019/03/18(月) 10:22:17|
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