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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1498(かなり実話です)

気仙沼市大島での「トモダチ作戦」が始まって最初の休息日の前日、モリヤ1佐は強襲揚陸艦・エセックス艦内の礼拝室にチャップレン(従軍神父=宗教士官)を訪ねた。
「チャップレン、遺骸の収容は進んでいるようですが多くは身元の確認ができず放置されているようです」チャップレンは明日、艦内で行われる礼拝の準備をしているところだった。
「身元の確認ができないのは何故だね。遺族が見れば身体が痛んでいても服装で判るだろう」チャップレンも海面を捜索している小型艇に載せられた遺骸は見ているが、海水温が低いため腐敗は進んでおらず目を背けるほど悲惨な状態ではない。
「それが家族どころか地域住民の大半が行方不明になっていて確認できる者がいないんです」モリヤ1佐の説明にチャップレンは艦内に常駐していて現場を見ていない自分の迂闊さを噛み締めて「オー・マイ・ゴット」と呟いた後、胸の前に十字を画(か)いた。
武力紛争関係法ではチャップレンはドクター(医官)と同列に扱われており、負傷者と病者はドクター、死者と異常心理に陥った者はチャップレンが担当する。今回の作戦でもチャップレンは被災現場で遺骸を掘り出して精神的に追い込まれた兵士たちの相談相手が役割になっている。
「問題なのは身元が判らないと菩提寺も決められないので供養ができないままになっていることです」チャップレンは沖縄へ赴任する前には富士のキャンプで勤務していたので日本人の聖職者を通じて独自の寺院制度もある程度は研究していた。日本の佛教に限らず死者の追悼・供養・慰霊は宗教者の勤めなのだが、日本では何故か寺院を揶揄する名目になっている。そのためなのか寺院の方から供養を申し入れることを避ける傾向が強いようだ。
「市役所は何をやっているんだね」「それが日本では憲法の政教分離を根拠に公費支出を問題視する裁判が続発していて、公立学校を含む公共団体の宗教儀礼を禁ずる行政指導が徹底されているんです。だから公務員は遺骸に手を合わせることもできません」チャップレンの頭の中に宗教儀礼もなく物として扱われている棺が整然と並べられている光景が浮かび、死者たちの慟哭が聞こえてきたような気がした。思わず背筋が寒くなった。
「ですからチャップレンが遺骸安置所で慰霊のミサを勤めていただけないでしょうか」これがモリヤ1佐が訪ねてきた用件だった。モリヤ1佐自身は気仙沼市役所大島出張所から要請を受けた訳ではない。ただ制服を脱げば比類なく真面目な僧侶になる陸上自衛隊「佛法」務官幹部の妻として生活してきて夫がいれば迷わず果たした役割の代行をチャップレンに託したのだ。
「しかし、この地域に教会はないはずだ。死者の大半は佛教徒だろう。私のようなカソリックの聖職者のミサでは魂魄を救うことはできないんじゃあないかね」モリヤ1佐の申し出に黙って考え込んでいたチャップレンは真顔で質問をしてきた。
「その点は心配いりません。日本人の宗教観は『有り難いモノは何でも有り』と極めてファジー(=いい加減)なんです。私の夫は佛教の僧侶ですがアフリカで殺害したムスリムの供養のためにイスラム教のモスクに通って祈りを捧げています。家では読経と一緒にコーランを詠唱しています。ですからチャップレンの厳粛なミサに感銘を受けた魂魄は安心して浄土へ旅立つことでしょう」確かに阿弥陀如来の極楽浄土は西方にあり(薬師瑠璃光如来の浄土は東方)、キリスト教のヘブン=カミの国も「ゴー・ウェスト」と言う通り西にある。つまり「天国」と言っても空の上ではないのだ。ちなみに大島にある寺は真言宗智山派が2ヶ寺と曹洞宗が1ヶ寺だ。
「判った。明日は慰霊のミサを遺骸安置所で行うことにしよう。兵士たちも一緒に祈りを捧げれば必ずカミの加護があるはずだ。どうせなら女性兵士の聖歌隊も編成したいな」チャップレンは聖職者としての役割を見つけて急にやる気になった。それにしてもエセックスに乗り組んでいるウェーブス(女性水兵)やウーメン・マリン(海兵隊の女性兵士)たちの聖歌隊があると言うのは初耳だが、それが実現すればミサは本格的以上の内容になるだろう。
翌日、小学校の体育館に設けられた遺骸安置所でチャップレンによる犠牲者の慰霊ミサが行われた。ミサでは迷彩服姿に頭に白い布=ベールを被った女性兵士の聖歌隊が讃美歌を詠唱した。これは個人的に讃美歌を習っている兵士を集めて編成したらしい。
「有り難うござりす」ミサに出席した大島出張所長以下の職員はチャップレンに深く頭を下げた。実はこの遺骸安置所の周囲では日没後に幽霊がさまよい、人々の泣き声や呻き声が聞こえると言う相談が出張所に殺到している。しかし、宗教への不関与と非科学的な事象は認めない原則に基づき「気のせいでしょう。巡回してくる心理カウンセラーに相談して下さい」と門前払いするしかなかったのだ。ちなみにエクソシスト(除霊師)もカソリックの役職に含まれている。
「些少ですがお布施です・・・」「いいえ、裁判になっても困るでしょうから結構です」出張所長が困り切った顔をしながら茶封筒を差し出すとチャップレンは苦笑して断った。
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  1. 2019/03/21(木) 09:52:56|
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