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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1508

アメリカ海兵隊は撤退も迅速だ。まさしく「疾風のように現れて、疾風のように去っていく」のだが気仙沼大島は例外になった。
「先日、フリー・ジャーナリストと名乗る人間が1人島に渡ってきたようですが、何も取材せずに島民と立ち話だけして帰ったようです」撤収の前日、第31海兵隊遠征部隊の拠点になっている強襲揚陸艦・エセックスに招待された気仙沼市役所大島出張所の所長が島内の最新情報を提供した。小さな島では見慣れない人間が姿を現すだけで口伝えのニュースになる。
「それにしてもこれだけ貢献していただいているのに、ニュースでは全く取り上げられていないのが残念です」所長は不満そうな顔をしたが、島への電力の復旧が進んでいないため見られるテレビは自家発電している出張所の1台だけだ。
「政府としては日米同盟が揺らぎないことを世界に、特に東アジアに向けて発信するのと同時に沖縄でも在沖縄アメリカ軍の存在意義を周知するチャンスだと考えていたようですが、アメリカ軍の災害派遣自体に強硬に反対していた民政党の千石代表代行がマスコミ報道を封印するように首相を恫喝したようです」通訳を兼ねて遠征部隊司令、艦長との面談に同席したモリヤ1佐が二国間危機対応チーム・リーダーの晩鐘将補や夫から仕入れた東京発の情報で背景を解説した。ただし、アメリカ軍の2人には通訳しなかった。
「明日の送別会では犠牲者の追悼式典を催したいんだが」ここで派遣部隊司令官が思い掛けない意向を口にした。4月1日に主力が初めて島に上陸した時、全員で海に向かって黙祷を捧げたのは坊主の妻でもあるモリヤ1佐の提案だった。しかし、海兵隊員だちは島民たちに接する間に、東北の人々の素朴な信仰心が悲哀や苦悩を救っていることを知り、慰霊にも強い使命感を抱くようになった。だから上陸後に海岸で黙祷する儀礼は現在も続いているのだ。
「しかし、送別会は学校の体育館を予定していますから、公共施設での宗教行事は控えるように行政指導が入っているので・・・」「チャップレンの慰霊は軍務です。軍務を公共施設で実施することで告発されることになれば夫に法廷戦闘を命じましょう」真面目な地方公務員である所長の躊躇をモリヤ1佐が制止した。流石に所長にはモリヤ1佐の夫が坊主で弁護士で階級が下の自衛官であることを補足説明されるまでこの強気な発言の意味は理解できなかった。
「それでは犠牲者の皆さまの冥福を祈ります。黙祷」「アメージング グレース、ザット セイブド ア レッチ ライク ミー・・・」チャップレンの呼び掛けを受けて海軍と海兵隊の女性兵士たちの聖歌隊が「アメージング グレース」を唄い始めた。
この歌は本来、プロテスタントの讃美歌なのだが、2003年のドラマ「白い巨塔」の主題歌として大ヒットしたことをモリヤ1佐から聞いたチャップレンが採用したのだ。バロック音楽で格調が高い反面、重々しいカソリックの讃美歌に比べ、プロテスタントのものは日本人の耳にも馴染みやすい。中には小声で唄っている若い女性もいる。
「・・・ウィル ビー フォーエヴァー マイアー」讃美歌が終わったところで黙祷としては場違いな拍手が起こった。すると聖歌隊は唄を続けた。
「フールイ アァルブゥム・メクーリー アーリガトーッテ・ツーヤイタ・・・」これは2001年に大ヒットした「涙そうそう」だ。唄っているのがアメリカ人だけに「アルバム」の発音が本式で上手くいかなかったが、それでも沖縄では現在も唄い継がれているので聖歌隊の女性兵士たちも知らない歌ではない。実はこれもモリヤ1佐が追悼の歌として選んだ。この歌は夫の坊主も愛唱している。本当は「千の風になって」と言う選択肢もあったのだが、夫はビートルズの日本語直訳ソングを唄っている王様の「万の土になって」の方を好んでいるので却下した。
「・・・晴れ渡る日も雨の日も 浮かぶあの笑顔・・・」するとやはり参列者の名からも合唱の声が起こった。こちらの歌の方が唄っている世代の幅が広い。聖歌隊には歌詞を英訳して説明してあるのでローマ字の歌詞を読んではいても思いは共有できているようだ。
「・・・会いたくて 会いたくて 君への想い 涙そうそう」唄い終わる頃には体育館の空気は異様な色と匂いが満ちていた。追悼・慰霊の色であれば黒や紫、そして青、匂いであれば菊の花と抹香だろう。キリスト教でも花を捧げ、カソリックは種類が違っても香を焚くので大差はない。しかし、ここでは感謝の白い光が差し、親愛の甘い香りが交差している。
迷彩服を着て整列している海兵隊員と老若男女が集団を作っている被災者たちが感激を噛み締めているのを黙って眺めながら遠征派遣部隊司令が右手に持っていた帽子を被り、前に歩み出た。
「アメリカ海兵隊が最高の誇りする戦暦はイオージマ(硫黄島)における日本軍との死闘です。今後は最も感動的な任務としてオーシマの名が在沖縄アメリカ海兵隊史に刻まれるでしょう」この言葉に海兵隊員が歓声を上げ、通訳を聞いて島民たちが拍手した。
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  1. 2019/03/31(日) 12:01:23|
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