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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1516

昼食は取材地域の被災者の避難所になっている学校でとった。海に近いこの学校も当然、津波の被害を受け、体育館と校舎の1階は水没した。このため2階の教室を避難所にしており、調理場は正面玄関の脇に設置している。本当は昼食の時間は13時までなのだが、この記者たちのために炊き出し要員は残業になっていた。
「これは美味しそうだ」炊き出し要員の給仕を受けながら記者たちは歓声を上げた。新潟や盛岡のホテルは食材を十分に入手できないためレストランは注文ではなく決まった量の同じオカズを出していた。それも停電で照明はなく、レンジが使えないため遅れると冷めていた。その点、ここでの炊き出しは春の日差しの中、湯気が立っている。
「折角、温かい食事なんだから、ここで食べても良いだろう」午前中の取材で本当は日本語が話せることが判明したアメリカとヨーロッパの記者たちが案内役の総務省の責任者と談判を始めた。演習と同様に陸士が恭しく料理を載せた盆を運んできた連隊長と1科長、下西2佐は食卓になった調理台で傍観者になっている。
「しかし、被災地は砂塵が舞っているので衛生上の心配がありますから」「調理している場所なんだからそれは同じだろう」ここまで弁が立つと別の意味で手に余る。すると大学の同級生だった役人が苦笑している松山3佐の顔を見て助けを求めた。
「自己責任です」松山3佐は日本語で即答した後、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語で言い直した。しかし、日本語では漢字4文字、読みでも6音の「自己責任」が英語では「セルフ・レスポンシビリティー」、フランス語でも「レスポンデサビリティ・パンソンネル」と長くなるため流暢とはいかなかった。
結局、アメリカとヨーロッパの記者たちは調理場の周りで車座を作り、中国と韓国の記者たちは軍隊のように最年長者を指揮官にして一糸乱れず校舎の中に入って行った。
「文字(=塩谷)2曹は中国人、伝法(=寺田)2曹は韓国人を監視しろ」アメリカとヨーロッパの記者たちの会食が始まると朝山3佐は管理要員たちに指示を与えた。国単位の団体行動となるとアメリカ人記者を演じている杉本と本間は参加できない。その点、管理要員ならサービスの一環として接近し、言葉は理解できなくても監視の用は果たせる。
「うん、美味い」「ジエータイの携行食は世界最高と言う評価を受けているが、手作りは格別だな」記者たちの雑談は英語なので朝山3佐と取り残された形になった山田1曹と根本3曹にもある程度は理解できる。この携行食の品評会は多くの国の軍隊が参加した国際連合の平和維持活動で開催されたもので、自衛隊の缶飯は献立の多様さと絶妙な味付け、適当な量と腹持ちの良さで圧倒的支持を集めた。唯二の欠点は重さと缶切りが必要なことだった。
「そろそろ2人にもやってもらう仕事ができたようだ」ここで朝山3佐は言葉ではなく指で視線を誘導した。指を差したのは校門からの誘導路に停まっている派手な塗装のワンボックス・カーだ。遠目ではあってもカメラを校庭の隅に停めてある自衛隊の車両に向けていることが判る。朝山3佐は手で2人を招き寄せると小声で説明を始めた。
「菊子の話では中国人の記者は警戒されている自分たちが囮になって日本人の記者に自衛隊の情報を探らせようとしているらしい」そう言われて見直すと男が2人、ワンボックス・カーから下りて身を隠すように校庭に停めてある自衛隊の車両に向かって歩き出した。
「先ほど遠巻きに監視していましたが奴らは3トン半に興味があるようです。車体に触り始めたので近づいたところ逃げていきました」山田1曹の報告に朝山3佐はうなずいた。
「しかし、本当の狙いは3普連が使用している96式装輪装甲車の諸元のようだ。運よく4中隊は使用していなかったが連隊指揮所にはあった。私の方から2科長に注意喚起しておいたが要注意だ」説明が終わったのは男2人がトラックに接近したところだった。
「よし、中村(=山田)1曹と畷(=根本)3曹は脅しをかけてこい。台本と演出は任せる」「はい、中村1曹」「はい、畷3曹」朝山3佐の命令に2人は役柄で答えた。
テレビ局の男たちは1人が運転席に上がって中の写真を撮影し、もう1人がドアの下で周囲を警戒している。この素振りからしてかなり怪しい。
「グッ・・・」その時、音もなく車体の上に登った根本3曹が飛び降りるのと同時に口を押さえ、後ろに引きずっていった。
「おい、どうした」サイド・ミラーの相棒の姿が消えたことに気がついた男がドアを開けて首を出すと今度は山田1曹が強く押し閉めた。
「俺たちを自衛隊とは思わない方が良いぞ。ここには身元不明の遺骸が幾らでもあるんだ。海に漂うのと土に埋められるのと選ばせてやろう」2人は別々の場所で同じ台詞を口にした。
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  1. 2019/04/08(月) 11:58:57|
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