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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1525

飯盒会食は周囲が暗くなるのと同時進行で晩酌会に移行した。九州人が多い自衛隊で酒と言えば焼酎が定番だが、東北人のOBたちはやはり日本酒だ。それもパック酒を冷やでいく。
「久しぶりの飯盒飯は格別でしたね」「うん、あれなら毎朝、3食分を炊いて朝昼晩に食べるようにすれば好いな」元3佐同士の雑談で話が決まりそうになって元1尉が制止した。
「問題はこの時期の気温で衛生面の問題を生じないかです」「そろそろ桜の季節だから日中の気温は2桁になるな」元1尉の懸念に言い出しっ屁の元3佐も同調した。
「飯盒は水入れておけば明日は手で擦りながらすすげば大丈夫でしょう。昔は洗いを兼ねて米を研ぎましたが今は無洗米なので手を抜きます」「水も節約しないといけないからね」焚火の向こうで元曹長2人が食後の処置について説明した。これで夕食は終了して晩酌に移行する。元1尉と一緒に酒が入った段ボールを運んできた元曹長が新山元群長に缶ビールを手渡した後、車座の両側にも回した。先ほどの話ではないが缶ビールはかなり温い。
「それではビールがお手元に届いたところで乾杯とします。発生は・・・茶山元3佐にお願います」司会進行が本業の元1科の元1尉がいきなり指名してきた。茶山元3佐にとって船岡は定年配置で在籍しただけなので知り合いが少なくOB会でも控え目に振舞ってきた。それが唐突に指名されても心の準備ができていない。
「突然のご指名ですが、僭越ながら不肖・茶山が乾杯の音頭を実施させていただきます」車座は新山元群長を中心に両側に船岡OBの元3佐、その両脇に元1尉と茶山元3佐、その後は元准尉と元曹長たちが並んでいる。立って見回すとその顔を焚火の炎が照らしていた。
「栓を抜いて下さい。準備はよろしいですね」「準備よし」施設基礎作業のような前置きにOBたちも唱和した。最近のビールは温まっていても泡を吹かないようだ。
「初日、ご苦労さまでした。乾杯」「乾杯」茶山元3佐の発声で一斉に缶ビールを高く掲げ、一口喉に流し込んだ時、突然のように冷たい風が吹き抜け、焚火の炎を激しく揺らした。
「おい、呻き声が聞こえないか」風が収まって再び缶に口をつけたところで元曹長の1人が隣りの元曹長に声をかけた。その声が届いた範囲の元曹長たちは動作を停めて耳に全神経を集中させた。すると別の元曹長が引きつった顔になって答えた。
「俺には子供の泣き声が聞こえる」「男たちの怒鳴り声だ」その発見報告は逓伝(ていでん)訓練のように車座を広がり、元幹部のところまで届いた。
「この時間帯を逢魔が刻(おうまがとき)と言うからな。市の職員が言っていたお客さんが来訪したのかも知れないぞ」両隣の元3佐は動揺と怯えを察知されないように平静を装ったが新山元群長は自然体のまま答えた。
「集団で歩いてくる足音がする」「うん、数十人はいるな」「取り囲まれているぞ」元3佐たちにもこの声と音が聞こえているので流石に背中に冷や汗が滲み始めた。
「本当に聞こえますか。私には全く何も」すると茶山元3佐が不思議そうな顔で周囲を見回し、両隣りの元3佐と元准尉に確認した。
「茶―さんは並みの神経じゃあないから亡霊も恐れを為して接触してこないんだよ。ワシには1個中隊が一斉に雑談しているように聞こえるぞ」元3佐の見解に茶山元3佐も納得せざるを得ない。豊川駐屯地は東洋最大の軍事工場と言われていた海軍兵器工廠の一角に当たり、敗戦直前の8月7日に爆弾の在庫一掃処分のような大空襲を受け、動員学徒を中心とする2500名が犠牲になった。駐屯地内には海軍工廠時代の建物が残っていて巡察や警衛、不寝番での幽霊の目撃談が絶えなかったが、それでも茶山元3佐は一度も会ったことがない。子供の頃から祖母に「お前は座敷童子さんに会えないな」と言われていたがそれを実感している。
「これでは落ち着いて酒が飲めないか。それでは私が何とかしよう」茶山元3佐を除くOBたちの缶ビールが止まったのを見て新山元群長が立ち上がった。普段であれば姿勢を正すところだが近くに座っている元幹部たち以外はそれどころではない。
「始めまして。自分は陸上自衛隊の退役少将の新山巌であります」新山元群長は街灯がなく焚火だけが照らしている闇に向かって話しかけた。
「今夜は皆さまの安息の地に立ち入って申し訳ありません。自分たちは今回の大震災で破壊された街の復興のための奉仕活動で参りました。どうか1夜の宿をお貸し下さい」ここで再び風が吹いてきたが先ほどのように冷たくはなく軽く炎を揺らしただけだった。
「本来であれば盃を交わして今の思いなどをお聞きしたいところですが、自分らのような凡人には適いません。どうぞ静かにお見守り下さい」ここまでで新山元群長は深く頭を下げた。それに合わせて全員で揃えるはずだったが、茶山元3佐は魂魄を探していて出遅れてしまった。
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  1. 2019/04/17(水) 09:46:09|
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