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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1527(かなり実話です)

被災地・仙台の復興が本格化し始めた頃、島田元准尉にボランティアとしての出演依頼が入った。島田元准尉は昭和一郎の芸名で可児市の地方FM局で懐メロの歌謡番組を持っており、電波が届く名古屋など東海地方一円でも多くの愛聴者を獲得している。その評判を耳にした仙台市の避難所の担当者から「ラジオで被災者を元気づけて欲しい」と要請されたのだ。仙台市に限らず東北地方では発電所の破壊による停電が長期化しており、テレビの視聴は難しく、乾電池で聴けるラジオが被災者の娯楽になっているのだ。
「小隊長、私も仙台に行くことになりました」トモダチ作戦から戻り、新年度の業務に取り掛かっている副校長・モリヤ1佐のところに島田元准尉から内線電話が入った。どうやら岐阜市内の地方連絡部事務所に寄ったついでに電話を借りたようだ。
「隊友会も復興ボランティアに参加するんですか」現段階では本当に人的戦力を必要としている三陸海岸の市町村は宿泊場所の確保や食料の提供が困難なため受け入れることができず、自己完結能力が高い自衛隊の活躍に期待するしかない。このため首都圏からを中心とするボランティアも仙台市に集中している。そんな中、岐阜の島田元准尉が参加するのなら「自衛隊OBの組織である隊友会として」と考えるのが順当だろう。
「いいえ、個人的に災害派遣要請が届きまして。小隊長も東北地区に出動されたのでしょう。準備をするのに現地の様子を伺おうと思って電話させてもらいました」島田元准尉にしては珍しく口調は奥歯に物が挟まっているように聞こえる。しかし、「個人的に災害派遣要請が届いた」と言われても事情が推理できない。
「現時点では気仙沼大島へ派遣されただけですよ。仙台駐屯地には業務調整で1回行きましたけど統任隊(統合任務部隊)司令部にはコンタクト・オフィサー(連絡官)が常駐していたので必要なかったんです」当てが外れて落胆するかと思ったが島田元准尉は逆に好奇心を示したのが伝わってきた。モリヤ1佐としては「流石は情報通の島田先任だ、トモダチち作戦を知っている」と期待したのだが意外な芸能ネタに落ちてしまった。
「小隊長はご存知ないでしょうけど気仙沼大島は『欽ドン』って言う番組の気仙沼ちゃんの出身地なんですよ」これにはモリヤ1佐の方が呆気にとられた。「欽ドン」が放送されていた時、夫は中学生で静岡ちゃんのファンだったらしいが、すでに自衛官だった島田元准尉は鮮明に記憶しているようだ。そこでモリヤ1佐は重要な情報を提供することにした。
「気仙沼ちゃんの白幡美千子さんに会いましたよ。とっても元気でした」「そうですか。無事でしたか」話題が完全に反れてしまったのでモリヤ1佐の方から本題に戻した。
「仙台市は海沿いの宮城野区や若林区、太白区にあった火力発電所や都市ガスの工場が津波で破壊されたのでライフ・ラインが完全停止していました。市の中心部も地震の被害が大きくて避難所も衣食住を提供する機能以外は何も果たせていない状況でした」「と言うことは暖房などはないと考えた方が良いですね」電話口で島田元准尉がメモを取った音が聞こえる。
「食事も流通は機能し始めても保管する冷蔵施設や取り扱う販売店が確保できていないので必要量を受け入れてすぐに調理して提供する状態でした」「なるほど。インスタント麺やレトルト食品を大量に持っていった方が良いですね」メモを取りながら「荷物が増えるな」と呟いたのが聞こえた。どうやら仙台市には長期滞在の予定らしい。
「それで郵便などは再開していますか」「先ずは黒ネコが動き始めて、次に郵便も後を追うように再開したようです。黒ネコはトラックが入れないので荷車を押して荷物を届けたそうですよ。ただ受取人の避難先の情報を市役所が教えたことを取材に来たマスコミが『個人情報の漏洩だ』と批判したので行政指導で機能停止されてしまったようです」「それは要注意だな」ここでも意外な反応が返ってきた。そこでモリヤ1佐は長電話になる前に疑問を確認することにした。
「それで先任は仙台でどのような活動をするつもりなんですか。単なる慰問ではないでしょう」島田元准尉の元気なら土木作業に参加しても不思議はない。隊友会の参加者たちも元気な準・老人が多いから人的戦力として計算できるはずだ。
「実は仙台で被災者を激励するラジオ番組を担当することになりまして。でもこちらでは届いたリクエストを元に下調べをして番組を編集しているのにあちらでは半ばブッツケ本番になるので不安なんです。本当は辞退しようと思ったのですが、現役の隊員たちが頑張っているのにOBが逃げる訳にはいかないと出動することを決めました」ここでようやく事情が呑み込めた。
「先任の声は無線でも相手に元気を与えると言われていましたから大丈夫ですよ。レコードが確保できなければのど自慢の番組にしてしまえば好いじゃあないですか」「そのアイディアはいただきます」今回の大震災に立ち向かう自衛隊の総力戦にはOBたちまで参陣し始めている。
  1. 2019/04/19(金) 11:04:46|
  2. 夜の連続小説8
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