FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

漫画家・モンキー・パンチさんの逝去を悼む。

4月11日に「ルパン三世」の作者である漫画のモンキー・パンチさんが亡くなったそうです。81歳でした。
パンチさんは昭和12(1937)年に北海道の根室半島の付け根・厚岸郡中浜町の漁師の息子として生まれ、高校時代から手塚治虫先生の作品に親しみ、アルバイト先の医院でも漫画雑誌を読みふけり、時には自作の漫画で患者たちをなごませていたそうです。高校を卒業すると直ちに上京し、貸本専門の漫画を執筆しながら実力を蓄え、その頃にアメリカの漫画の影響を受けて「ルパン三世」にも見られる独特の異国感が作品を彩るようになりました。特に「トムとジェリー」が好きでアニメ版のルパン三世を巡る人間関係の描写にも影響を与えていると自ら語っています。
そんな中、漫画ストーリーの編集長の目に止まり、雑誌デビューすることになったのですが、その編集長が強要したペン・ネームがモンキー・パンチでした。ちなみに妖艶で日本的な女性が魅力のバロン吉元さんやケン月影さんも同じ編集長の命名だそうです。
「ルパン三世」がテレビで放映され始めた時、野僧は岡崎の小学生でしたが同級生たちは熱狂的に支持し、放送翌日の放課の話題もルパン一色になっていました。ところが野僧は運悪く父親が見てたため「泥棒が主人公の漫画など許さん」と禁止され、仕方がないのでモーリス・ルブランさんの推理小説「アルセーヌ・ルパン」シリーズを読んで会話に加わりましたが相手にされず、帰省した折に中学生の叔父が買っていた漫画アクションを読ませてもらって原作の知識を仕入れましたが、原作はアニメに比べて「悪者」としての面が濃かったため完全に浮いてしまいました(エロ・シーンもかなりあった)。
その時、同級生の間で激論になったのが「次元大介の髪型」でした。初回から見ている同級生たちも次元が帽子を取った場面は記憶になく、「だから禿げている」と主張する者と「後ろに流した長髪」に意見が分かれ、それぞれがノートに想像図を書いてさらに議論を白熱させていきました。ちなみに同じ議論は高校時代、宇宙戦艦ヤマトの沖田十三艦長でも湧き起こりましたが、禿げた顔は徳川彦左衛門機関長と見分けがつかず、逆に白髪ではアルム・オンジになってしまうため結論は出ませんでした。
次がルパン三世の愛銃・ワルサーP38と次元のスミス&ウェッソン・コンバット・マグナムに関する知識自慢で、軍隊少年だった野僧はこの話題だけは中心になれました。
そんな「ルパン三世」熱も文化過疎地である宝飯郡一宮町の中学校には全く届いておらず時間の経過と共に忘れてしまいました。
ところが小学生になった愚息2が唐突に「ルパン三世」に熱狂するようになり、映画化作品は全て録画して繰り返し見るようになったのです。野僧も一緒に見ながら「昔は緑のジャケットだった」「これがマグナムだ」などと余計な解説を加えても無視されました。
すると中学生の愚息1が峰不二子に魅了されて同席するようになり、それぞれ熱中する場面は違っても同じ作品を鑑賞する時間を共有していたのです。そんな父子の時間を作ってくれたことに感謝しつつ冥福を祈ります。
スポンサーサイト



  1. 2019/04/19(金) 11:05:48|
  2. 追悼・告別・永訣文
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1528(少し実話です) | ホーム | 振り向けばイエスタディ1527(かなり実話です)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5327-8722dee7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)