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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1530

番組初日は葉書やメールによるリクエストがないので昭和一郎=島田元准尉個人の企画力が試される。しかし、ホテルは停電で自家発電による暗い室内灯しか点(つ)かず、最年長者と言うこともあって代わる代わる酒を注がれたため思案しながら気がつけば眠っていていた。したがって今朝は仙台FMの打ち合わせ用小会議室で番組のタイム・スケジュール表と格闘している。収録中は仙台FMの係員がレコードをかけるので予定時間と曲名に注意事項を添えた詳細なタイム・スケジュール表を作成しなければならないのだ。
「やっぱり古い順に紹介して行くのが無難だよな」可児市の番組では昭和初期から古い順に曲を紹介し、時代背景や当時の風俗・流行を説明することで懐メロの愛好者だけでなく歴史マニアの市民の支持も獲得している。
「問題は今回の番組は短期決戦だってことだ。あまり念入りにやっていると戦前だけで終わってしまうよ」昨日のチーフ・プロデューサーの提案で午後の番組を毎日担当することになったが、それでも2週間では14回だけだ。
「それに昭和初期の曲を聞いていた人は100歳に近いはずだから、あまり力を入れるとかえって敬遠されそうだ」気がつけば今年は昭和に換算すれば86年になる。家庭でラジオの歌謡番組を聴いていたのが15歳以上だとすれば若くても100歳過ぎだ。戦後も昭和の間は「懐かしのメロディ―」特集の番組は繰り返し放送されていたが、昭和一郎自身も両親が聴いていた曲を思い出して、少年時代を振り返っていたに過ぎなかった。
「俺にとって懐かしい曲となると・・・やっぱり戦後歌謡だな。ハワイアン歌謡やグループ・サウンズなんかも紛れ込ませれば戦中生まれ世代にはうけるだろう」ハワイアンは西日本を中心とする困窮農家が明治政府の公募で移民したことでハワイへの関心が高まり大正期に流行した。それが進駐軍によって再び流行したことを受けて結成された日本人バンドの楽曲が戦後のハワイアン歌謡だ。リーダー自身が日系2世のバッキ白片とアロハ・ハワイアンズや女性ばかりの横江美代子とフラワー・シスターズ、慶応ボーイのバンドのボス宮崎とコニー・アイランズ、後にグループ歌謡に移行した山口銀次とマヒナズターズ(グループ歌謡ではリーダーが和田弘になっていた)、その弟の山口軍一とルアナハワイアンズなどが一世を風靡した。この他にもジャズをハワイアンの楽器で演奏した大橋節夫とハニーアイランダーズや同様にロックン・ロールを持ち込んだダニー飯田とパラダイス・ハーモニーも捨て難い。
「ハワイアン・バンドが戦前も活躍していたことを紹介すれば学校で教えられている外来文化禁止と言う思想弾圧が誇張だってことも伝えられるな」実際、これらのハワイアン・バンドは大正デモクラシーの中で学生たちが結成していたハワイアン愛好会に昭和の戦時色が濃くなった時期に入会し、戦時中もハワイへの遠洋航海を経験している海軍に招かれ、官憲の目が届かない地方で慰問を行っていたと言う。学校教育だけでなく映画やドラマでは英語を敵性語として徹底的に排除していたように描いているが、うるさい者の目を盗んで秘かに楽しむ人間の逞しい性(さが)は特高警察をもっていても抑え切れなかったようだ。
「問題は仙台FMにどのくらい古い音源が保管されているかだな」そこで昭和一郎はチーフ・プロデューサーから渡されたレコード、カセットテープ、MD、CDの保管リストを確認した。
「初回は番組のイメージを知ってもらうのが眼目だから昭和のヒット曲を流して世相を語ることになるが、昭和は62年間もあるから聴取者がどの年代に分布しているのか知りたいところだな」昭和は64年で終わっているが元年と64年はどちらも1週間しかなかった。その時代を歌で追う番組を始めて数年、今では昭和一郎の芸名通りの生きた年表になっている。
「番組冒頭の主題曲はやっぱり藤山一郎の青い山脈の伴奏だな。俺のDJ名とも重なるしね」島田元准尉は可児市のFM局からの依頼で番組を引き受けるに当たり、芸名=DJ名を決めるのに昭和太郎と昭和一郎の選択でかなり迷った。音としては昭和太郎の方が昭和の大スター・東海林太郎と重なるため覚えてもらえそうだが、イメージとしては直立不動で無表情に唄う東海林太郎よりもにこやかに明るく唄う藤山一郎の方が好感度は高いと考えてこれに決めた。
「青い山脈と言えば映画の主題歌だな」選曲すれば忘れないうちに番組で紹介する内容を確認する。島田元准尉は小会議室の奥の壁に設置してある本棚から自分の歌謡史の資料を閉じたバインダーを持って来て歌手別に分類してある中の「ふ・藤山一郎」のページを開いた。
「なるほど。第1作は昭和24年で原節子主演だったな。小倉で見たぞ。第2作は昭和32年で司葉子、第3作が昭和38年で吉永小百合、続いて昭和50年の片平なぎさ、そして最新が1988年の柏原芳惠かァ。やっぱり司葉子は綺麗だったな」ここまで語るネタがあれば初回は伴奏だけでなく全曲を流すことにした。
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  1. 2019/04/22(月) 11:55:43|
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