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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月25日・「ロビンソン・クルーソー」が刊行された。

1719年の4月25日にイギリスで「ロビンソン・クルーソー」が刊行されました。
野僧の友人の中には40歳代の前半くらいまでカヌーで無人島に渡り、テントを張って孤独を楽しむ輩が少なからずいました。また野僧の小学校ではゴムボートで矢作川の中州に渡って漂流ごっこをするのが流行しましたが、このような冒険に憧れるようになったのはテレビのアニメ「冒険ガボテン島」を見て図書室で借りて読んだ「ロビンソン・クルーソー」や「十五少年漂流記」などの影響が大きかったのでしょう。
「ロビンソン・クルーソー」の正式な題名の直訳は「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクと言う大河の河口近くの無人島で28年もたった1人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソー・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記録」と粗筋の説明になっています。
実はこの物語には実在のモデルがいるようです。その人物はスコットランド人の船乗りで1704年に南北アメリカ大陸に沿って大西洋から太平洋を航海していて船長と喧嘩になり、チリ沖のフェルナンデス諸島のマス・ア・ティエラ島に置き去りにされたのです。それから太平洋にまで進出していたカリブの海賊に救われるまでの4年4ヶ月間を自給自足で暮らし、帰国後に手記が新聞に載ったことで週刊誌を発行していたダニエル・デフォーさんが知り、58歳での長編第1作としてこの物語を執筆したようです。ただし、デフォーさんはロビンソン・クルーソーの体験記と思わせるように前述の題名のみの著者名なしで出版しています。このあたりは流石は雑誌を手掛けている書籍販売のプロです。
出版後は大評判を呼んで続編・続々編が刊行されて同時代のイギリスの作家であるジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」に大きな影響を与えました。さらに19世紀のドイツの哲学者のカール・マルクスは「資本論」の第1篇・商品と貨幣、第2篇・商売の中で「ロビンソン・クルーソーは自分の欲望を満たすためにあらゆる工夫を行った。道具を発明して狩猟を行い、魚を漁った」と労働と工夫が商業的価値の発生につながる例として引用し、19世紀から20世紀に活躍したドイツの哲学者のマックス・ウェーバーも「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中でロビンソン・クルーソーの合理主義はプロテスタントの倫理観を基盤としていると指摘しています。
一方、「十五少年漂流記」はフランスの小説家であるジューヌ・ヴェルヌが1888年に発表した少年向け小説で原題の直訳は「2年間の休暇」です。
こちらはニュージランドの寄宿舎で暮らすイギリス人とフランス人の少年14人と水夫見習いのアフリカ系の少年の15人が乗った船が突然、操舵不能になって流され、未知の海岸に漂着します。そこからは「ロビンソン・クルーソー」の生活と情景描写を模倣しながらもイギリス人とフランス人の国民性の違いを際立たせながら少年たちが体験を通して社会性と政治力を身につけていく姿を描いています。「冒険ガボテン島」はこれを模倣していますが、野僧としてはウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」の方が好みです。
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  1. 2019/04/25(木) 11:14:16|
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