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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1536

私は仙台駐屯地に着くと今は司令官の肩書になっている東北方面総監に着任の申告をして、そのまま廊下伝いに小会議室に連行された。小会議室の長机には肩書不明の1佐、2佐が並んでいるが入浴もあまりしていないらしく狭い部屋には加齢臭が充満している。
「こちらが陸幕法務官室付の弁護士のモリヤ2佐です」申告に立ち合った人事部長が私を紹介したが相手の紹介はない。仕方ないので一礼をしてから席について見渡すとどの顔も目の下に隈を作っている。この様子では「指揮官は不眠」と言う演習の習慣で横になることもなく半月以上を過ごしてのかも知れない。本来であれば被災状況を把握した時点で長期戦を前提とした交代制の勤務態勢を確立するのが常識だ。それを言い出す者がいないのが陸上自衛隊ではある。
「先ずは弁護士による民事訴訟の勧誘の状況について説明しよう」最初に身嗜みを整えている1佐が口を開いた。この雰囲気から推察すると対外事案を担当する総務部長ではないだろうか。
「大手マスコミは震災発生直後に被災地を動き回っていたフリー・ジャーナリストから買った現地情報を元に下調べをして、確認した当事者のところへ弁護士を連れて行っているようだ」要するに「主犯は大手マスコミ」と見ていることになる。私もPKOや阪神大震災ではマスコミによる執拗で悪質な妨害に苦労したが、奴らはあくまでも実行犯に過ぎず、背後で指示を与えている黒幕は日本国内の組織・勢力とは限らない。
「活動範囲は道路の復旧が進むにつれて拡大している。先ずはマスコミが取材に入ってインタビューで情報を収集して、次に自治体への取材で身元を割り出す。そうして水戸黄門のように弁護士先生が登場して被災者を被害者に仕立て上げると言うところだ」今度は髪を短く刈った1佐が説明した。こちらは防衛部長か情報部長なのかは判らない。陸上自衛隊の情報担当者の中には偵察出身も珍しくないのでそうなると機甲レンジャーだ。その点は情報を知的作業と考えている海空自衛隊とは認識が違う。
「今までのお話では伝聞情報と推理ばかりのように聞こえますが、具体的な事例はないんですか」ここで私から質問した。市ヶ谷で法務官から今回の任務を命令下達された時はかなり切羽詰まっているような口ぶりだったが、この説明ではそれほどの緊急性は感じられない。
「マスコミや弁護士たちは我が方が撤去した被災家屋の所有者に接触しているだけで、司令部や現地部隊には何も言ってきていない。しかし、逆に被災者が弁護士に言われたことを部隊に相談に来て具体的に証言してくれているんだ」再び総務部長と思われる1佐が発言した。やはり目の前で被害復旧に汗を流している自衛隊の姿を見ている被災者たちは東京から乗り込んできたマスコミや弁護士に批判的な見解を吹き込まれても鵜呑みにはせず、むしろ自衛隊に事実確認をしてくるらしい。この強固な信頼関係が自衛隊と国民の間に構築されることを反対派は最も恐れているのだ。
「それで相手の活動状況は判りましたが、自衛隊が収集した情報は何かありませんか」「我が方からの情報は住民から相談を受けたと言う現地部隊からの報告と被災地でマスコミや弁護士が動き回っていることを確認していることだけだ」私の質問には短髪の1佐が少し憮然として答えた。早い話が「そんな余裕があるか」と言いたいらしい。
航空自衛隊時代からゲリラ戦の研究をライフ・ワークにしている私の目から見れば攻撃目標が疲労している時こそ攻撃の好機だ。つまり敵が攻勢に転じた以上、こちらの守備態勢も可能な限り強化しなければならない。
「これは単なる業務妨害ではなく反自衛隊闘争の政治工作の前兆であることは明らかです。もっと危機感を以って対処するべきではないですか」これは弁護士としての助言ではない。それを感じたのか目の前に座っている1佐たちは身の程知らずな発言に不快感を示した。
「モリヤ2佐は(自衛隊)情報保全隊に調査を要請しろと言うんですか」黙って睨みつけ始めた1佐たちに代わって末席に座っている2佐が質問してきた。やはり1階級分年齢が若いだけに思考機能にも余裕があるようだ。
「これは(自衛隊)情報保全隊よりも(自衛隊)地方協力本部が適任でしょう。地方協力本部は陸海空の共同機関とは言え陸の方面隊の指揮下にあります。自衛隊の活動を広報すると言う目的で避難所への立ち入り許可を得て頻繁に巡回するようにすれば被災者も心を許してマスコミの取材以上に情報は集るはずです」この提案を身嗜みが良い1佐がメモし始めた。やはり広報活動も所掌している総務部長のようだ。
「お手元に置いてあるのは当司令部が把握している被災者が弁護士から勧誘を受けた民事訴訟の内容です」ここで別の2佐が私の前に置いてある資料を説明した。これから内容を吟味して明日からは避難所巡りを始めることになる。
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  1. 2019/04/28(日) 12:16:14|
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