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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1538

「願以此功徳 平等施一切 同発菩提心 往生安楽国」読経と念佛が終わり、私が総回向を唱えると老女が大半の観客たちも手を合わせて頭(こうべ)を垂れた。
振り返ると周囲には立ち見客も集っていて一緒に手を合わせていた。中には「ブツブツ」と口の中で念佛を唱えている人もいる。するとその間から姿を見せた足立2曹が声をかけてきた。
「モリヤ2佐、良いんですか」足立2曹は妙に不安そうな顔をしている。その隣には受付をしていた市の女性職員もいる。こちらもかなり不安そうだ。私は涙を流して手を合わせている老女に合掌・一礼してから立ち上がると2人と一緒に人垣を抜けて受付に戻った。
「政府から公務員の宗教行為を禁止する行政指導が出ていると思うんですが、モリヤさんは大丈夫なんですか」女性職員は「私の立場を心配している」と言うよりも無知な特別職国家公務員に教育するような態度で説明してきた。その隣りで足立2曹もうなずいている。
それにしても私も随分と舐められたものだ。ここが防府南基地の第1教育群なら「舐めとると舐めさすぞ」と毒づくところだが平成の時代には通じない冗談だ。
「私も東京で勤務していますから政府が言うことは間近で聞いて承知はしています。しかし、日本国憲法が定める政教分離は第9条の『宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は教育上、これを尊重しなければならない。国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない』と第20条の『信教の自由は何人に対してもこれを尊重する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。国及びその機関は宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない』の2カ条であって、判例では公立学校などで特定の宗教の布教に当たる教育を行うことと公的予算を地鎮祭や慰霊行事の謝礼として使用することは該当しても、今のように無報酬で勤経することは善意に基づく私的行為であって憲法の規定にも反しませんよ」私が憲法の条文まで何も見ずに一気に説明したので女性職員はあらためて名札と格闘徽章の上に縫い付けてあるヒマワリの形の弁護士バッチを注視した。今更、本物の弁護士であることを理解したらしい。
「しかし、仙台市だけでなく他の自治体でもその行政指導を受けて遺体安置所で職員が手を合わせて祈ることや線香を焚くことも禁止しているんですよ」「隊員も遺体を運び出す時、頭を下げるだけで合掌は禁止されています」足立2曹の補足説明は震災から1週間くらい経過した頃に大手新聞の1面に掲載された写真を見たキリスト教の牧師が問題視したことから始まった缶内閣の過剰反応だった。それは缶内閣の体質と言うよりも平成と言う時代が漂わせている低次元で独善的な利己主義が緊急事態の中で現出したのかも知れない。
「今の勤経を問題視する人がいたら、仙台駐屯地の統合任務部隊司令部の私宛てに申し入れるように言って下さい。私も憲法裁判を楽しみにしていますよ」長話をしていると避難所内を歩き回っている被災者が口を挟んできそうなので適当なところで話を切り上げ、足立2曹も会釈をして一緒に外に出た。次も市街地の学校だ。
「一寸(ちょっと)、止めてくれ」市の中心部から少し外れた住宅地の路上で私は停車を命じた。足立2曹は速度を落としながら路肩に寄せて停車させた。唐突な命令なのでこれも仕方ないが、用件がある地点を通り過ぎてしまった。
「地蔵さんが倒れっ放しじゃあないか」車から下りた私は数十メートル戻ると路地の出口だったと思われる瓦礫の中に倒れたまま放置されている石地蔵に歩み寄った。
「この辺りは自衛隊が被災者の捜索と家屋の撤去作業を終えていますが、先ほどの行政指導を受けて石地蔵に触れることは避けたようです」足立2曹の説明に周囲を見回すと地震で倒壊したコンクリート・ブロック製の塀も通行の邪魔にならないように土台部分を残して片づけてあり、敷地の中の家屋も建材を分解して整然と積んである。
「地蔵さんには災害除けの功徳があるんだ。こんなことをしていては復旧が遅れるばかりだぞ」そう説明しながら私は台を基盤の上に固定し、石地蔵を両手で抱き抱えようとした。しかし、古い石地蔵は意外に重く、長年の食事制限で弱っている私では持ち上がらない。すると足立2曹が両手を差し伸べ、2人で台の上に立たせた。
「延命地蔵菩薩経偈・・・善哉善哉 延命菩薩 有情親友・・・」今回は線香だけを焚いて手を合わせて読経を始めた。斜め後ろで足立2曹も神妙な顔で手を合わせている。その向こうで停止した車の窓から携帯電話を突き出して写真を撮っているのが視界の隅に入った。
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  1. 2019/04/30(火) 08:38:17|
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