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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月20日・小林多喜二の命日

1933(昭和8)年の明日2月20日はプロネタリア作家・小林多喜二の命日です。
数年前、多喜二の代表作「蟹工船」がブームになり、共産党への入党者が増加したと言われていましたが、選挙で勝てないのは全国の各小選挙区を制するほどの勢力ではないと言うことでしょう。
愛知県の教職員組合は共産党系だったので、高校の国語の授業では「蟹工船」は推薦図書でした。特に野僧の出身校は民主青年同盟に登録している生徒が多く、読んでいないと生徒会で話が合わず、好むと好まざるに関わりなく本を手にすることになりました(野僧は「共産党宣言」と「資本論」全巻を読破していたので別格でしたが)。
しかし、暗い陰鬱な風景描写が続く中、人権など全く眼中になく工員を酷使する浅川と貧しい東北の農村や東京の斡旋業者に騙されて博光丸に乗せられ、命絶えるまで搾取される労働者たちの姿は、あの時代とは言えどこまでリアリティがあったのか。さらに私企業の要請で海軍が出動するようなことがあり得たのかなどの疑問が残ります。
小林多喜二は共産党への弾圧が強まる中、地下活動に入っていましたが、特高警察が共産党青年同盟に送り込んでいたスパイ・三船留吉によって誘い出され、築地警察署内で拷問を受け、死亡しました。29歳でした。
野僧も高校で教師から小林多喜二の遺体の写真を見せられましたが、全身に殴打や火傷の跡が残り、特に大腿部は変色して(白黒なので色は不明)大きく腫れ上がっていました。教師の説明では指も折られ、睾丸を潰されていたそうです。
ただ今思えばこの教師は憲兵と特高警察の違いについて誤った説明をしていました。
特高警察はあくまでも内務省、警察の下部組織として警察署内にあり、軍内の違法行為を取り締まることを主任務とする憲兵とは全くの別物です。
教師に限らず左翼系の人たちは弾圧=憲兵、拷問=憲兵、憲兵=日本のゲシュタポと言う図式を頭に刷り込んでいるようですが、憲兵が民間人にまで統制を加えるようになったのは日米開戦後で、この時点ではまだ軍内のみで恐れられ、民間ではむしろ頼りにされる存在だったようです。
  1. 2013/02/19(火) 10:02:15|
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