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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1543(これは来庵した魂魄に聞いた話です)

第44普通科連隊の指揮所で教えられた新川小学校はすぐに判った。ほとんどの家屋が破壊され瓦礫になっている中、鉄筋コンクリートの校舎はよく目立つ。しかし、児童と教職員の大半が犠牲になり、避難所としても機能していない学校は急いで復旧する理由がないため放置してあった。校門の前に停車し、校庭に向かって手を合わせてから私は足立2曹に話しかけた。
「ここから飯野川橋の堤防の高台に避難しようとして途中で津波に巻き込まれてしまったんだな」この悲劇も東京の震災以降の報道番組では福島第1原発の放射能漏れの合間に軽く紹介しただけだったが、今回、指揮所でその後明らかになった事実の詳細な説明を受け、私は本来の目的を放棄してでも現場に行って供養を勤めたいと願ったのだ。
「飯野川橋はここから1キロはないですが、道路の状況が判らないので途中から徒歩になるかも知れませんよ」「それは大丈夫だ。これでも普通科だぞ」私の返事を聞いて足立2曹はこの業務車2号が4輪駆動だから進めるような道路に向かって走り出した。
子供たちの被災現場もすぐに判った。北上川の堤防に沿って橋に向かってのびる道路の一カ所に生き残った親たちが花や好きだった菓子、漫画や玩具などを供えていて荒れ果てた周囲の風景とは別の空間を作っているのだ。
「スミマセン、陸上自衛隊の者ですがお参りさせて下さい」そんな空間の中央に立ち、私は周囲に向かって大声で断った。足立2曹は妙に怖がって運転席から動かない。それでも私の常識とは別の感性は周囲に多くの人の気配を認識していた。
「はーい、お願いします」すると腹に響くような返事が戻ってきた。やはり供養されていない犠牲者の魂魄たちが辺りにたむろしているようだ。こうなると少し気合を入れて勤経しなければならない。私は図納から威儀細と数珠、浄土宗の経本と引鐘、そして線香を取り出すと火を点けて道端に置いてある花束の手前に3本並べて立てた。
チーン、チーン、チーン、引鐘を打つと風もないのに周囲の空気がザワザワと騒ぎ始めた。私は視界の外に百人弱の人の気配を感じた。
「黒谷和讃・・・帰命頂礼黒谷の 円光大師の教えには 人間わずか50年 花に譬えば朝顔の 露より脆き身を持ちて 何故に後生を願わんぞ・・・」これは浄土宗の宗祖・法然坊源空上人の和讃で、墓所を預かってくれている真言宗でも「無常和讃」として用いている。判り易く慈愛に満ちて格調高い文章は迷っている魂魄の心を癒すには最適なはずだ。
「南無阿弥陀佛 南無阿弥陀佛 南無阿弥陀佛 南無阿弥陀佛・・・」黒谷和讃と四誓偈(浄土真宗の重誓偈)を詠んだ後、感じる魂魄の人数分の念佛を唱え始めた。すると子供たちが声を揃えて念佛を唱えているのが聞こえてきた。
「願以此功徳 平等施一切 発菩提心 往生安楽国」「自衛隊の小父さん、有り難う」数珠を揉みながら総回向をして頭を下げると両脇から高学年らしい子供の声が話しかけてきた。
「お父さんやお母さんたちがお参りしてくれるんだろう。それなのにどうして阿弥陀さまと一緒に往生しないんだ」そこで私は相変わらずの率直さで疑問を訊いてみた。
「お父さんは僕たちが死んだのは先生のせいだって怒っているんだ」「一緒に死んだ先生を悪く言われると私たちも責められているみたいで哀しくなるわ」姿は見えないが優等生だったらしい男女2人の児童の魂魄が代表して答えてくれた。
「それで祈りが通じないんだね」「だって先生たちは泣いてるんだもん」「それを見ていると先生に申し訳なくて・・・」確かに遺族が子供の死の責任を押しつければ教師たちの罪となって閻魔大王の前で審理を受けなければならなくなる。念佛により阿弥陀如来と観世音菩薩、大勢至菩薩の来迎を受けても団体で往生することはできないのかも知れない。
「始めはお父さんたちも『先生が一緒だったから安心だっただろう』『最後まで守ってくれた』って言っていたんです」女の子の魂魄は意外な事情を説明し始めた。
「そうしたら東京から来た新聞記者が『避難の仕方が間違っていた』『子供たちは学校の間違いの犠牲になった』って怒らせたんだ」今度は男の子が代わって補足した。
「僕たちは山に逃げたいって言ったんだけど『雪が降って坂道が滑るから危ない』って逃げてきたお爺さんたちが反対して、それで橋に逃げることになったんです」「先生たちも色々な意見を言い合って教頭先生も困っていました」児童たちの声が興奮気味になってきたところに私と同世代の男性の声が加わった。おそらく亡くなった教頭だろう。
「子供たちは色々と弁護してくれていますが、やはり何があってもお預かりしている子供たちを守り抜いて無事に親元へ帰すことができなかった私たちの責任は逃れようがありません」教頭の声の後半はかすれていた。そこで私は大きく息を吸うと力を込めて両手を合わせた。
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  1. 2019/05/05(日) 11:56:15|
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