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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1549

宿営地では照明が少なく個人用天幕を設置できなかったため車内泊にしたが、「夜中に窓から中を覗き込んでいる人影がいた」と足立2曹は怯えていたがそれは不寝番だ。
翌朝はラッパ手が吹奏する生の起床ラッパで目が覚めて朝食をいただき、災害派遣部隊指揮所に顔を出して礼を述べてから、高台の給食センターに移っている陸前高田市役所の災害対策本部に向かった。陸前高田市役所は鉄筋3階建ての庁舎の屋上まで津波が被り、災害情報を確認していた職員が逃げ遅れて殉職している。
対策本部では若い職員にマスコミと弁護士の動向について話を聞いた。これでは自衛隊がマスコミを敵視しているかのようだが現実に現場の活動を阻害する取材と報道を繰り広げているので対応した市の若い職員も同情したような顔で回答してくれた。それにしても若い世代の地方公務員は自衛隊に対する支持を明言し、災害派遣には率直に感謝と敬意を表してくる。私の世代の自治労や日教組の反戦に名を借りた反米反日親ソ親中に染められていた連中とは全く違う。と言いながら我々も無能な癖に絶対服従を強いた(いわゆる)団塊の世代の抑圧には苦労してきたから職場の人間関係が心配になってくる。
「岩手県の被災地は道路網が寸断されている上、宿泊施設もありませんからマスコミの取材は空からの中継が中心で、あとはネットへの投稿で間に合わせているようです」「逆に宮城県内であれば仙台市内に宿泊して自動車で移動できるから取材が可能と言うことですね」担当者の説明に私よりも足立2曹の方が納得したように深くうなずいた。
「確かに東京で見ていた報道番組でも福島原発の放射能漏れが大半で、被災地の話題は震災当日の映像の繰り返しだったな。被災地からの中継は宮城県内ばかりだよ」私の説明に担当者は節電のため普段は切っているらしいパソコンの電源を入れた。短くはない待ち時間の後、画面を立ち上げて私たちに見せた。表紙は朝日に映える「奇跡の一本松」だ。
「現地情報を発信しようと思ってホーム・ページを立ち上げる準備を進めているんです。こうすれば自衛隊の献身的な努力もそのまま全国に伝えることができるでしょう」そう言って若い担当者は登録しているサムネイル(圧縮画像)の中から自衛隊の到着から活動と市民との交流の場面を見せてくれた。これには元々が涙もろい私は目頭が熱くなって鼻をすすってしまった。
「しかし、マスコミは自衛隊の活動を妨害することは難しいと認識したようで、自治体の不備を探して攻撃するように方針転換したようですよ」ここで足立2曹が思いがけない助言を口にした。私と「同行二人(本来は「単独で遍路していても弘法大師が付き添っている」と言う意味)」で宮城県内を遍路しただけにマスコミが美辞麗言の裏に抱いている政治的な本質を見極める眼が開いてきたのかも知れない。
「マスコミとしては自治体と敵対しても得るモノはないでしょう。むしろ内部情報が提供されなくと取材が困難になるんじゃあないですか」この担当者は本当に冷静に社会を見ているようだ。こうなると私も一言述べなければならない。
「結局、マスコミは今回の対応を見て民政党政権は長くもたないと見切ったんだろう。そうなると公判が始まる頃には自民党政権に戻っている。そこでマスコミが地方自治体の不備は中央政府の責任と批判すれば次の自民党政権には痛手になるはずだ」これは完全に私の個人的見解だが、宮城県内でマスコミと弁護士たちが被災者に行っている扇動工作を見ているとその目的が浮き上がってきた。特に宮城県石巻市では新川小学校で多くの児童が犠牲になった原因を学校の避難場所の選定の誤りとする扇動と海に近い子寄り(こより)幼稚園が地震が収まった時点で園児を送迎バスで家庭に帰そうとして津波に巻き込まれて園児5人が犠牲になり、幼稚園教師1名が行方不明になっている事例を「高台にある幼稚園に留まっていれば被害に遭わなかった」「自分たちの避難を優先して救助を行わなかった」として提訴に向けて勧誘していた。
これは当事者も死亡していれば欠席裁判になり、マスコミが断定的に報道すれば事実はどのようにでも歪曲できる。その上、遺族の悲哀を前面に出して同情論を扇動すれば判決は確定してしまう。最終的には地方行政の不備の責任を政府に向ければ復活を果たした自民党は民政党政権の失策の後始末まで背負うことになる。
「大丈夫ですよ。国民はマスコミの扇動に乗った軽率な投票行動に懲りたはずです。だから現場の人間が責任を持って事実を知らせることが大切なんです」担当者は私の懐疑的な見解に半分だけ納得しながらも半分は強く否定した。おそらくこの職員は淳之介と同世代だろう。
私たちの世代は新人類と呼ばれたが、この団塊ジュニア=バブル世代の次に登場した将来が楽しみな若者たちを何と呼ぶべきなのか。余計な悩みを抱えながら市役所を後にして茶山元3佐たちが活動している海岸線に向かった。
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  1. 2019/05/11(土) 12:25:30|
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