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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月13日・瀬戸内シージャック事件で犯人が射殺された。

日本が大阪万国博覧会に浮かれていた昭和45(1970)年の明日5月13日に猟銃とライフル銃で武装した犯人・川藤展久(かわふじのぶひさ)▲(=さん欠く)が瀬戸内海航路の連絡船を占拠して(「シージャック」は「ハイジャック」を模倣したマスコミの造語)、銃撃によって多くの負傷者が出した犯人が警察官の狙撃によって射殺されました。
犯人の川藤▲(昭和24年生=20歳)は5月11日に仲間の少年2人と福岡県内で自動車を盗んで「土地勘がある広島で金品の強奪をしよう」と東に向かいました。ところが現在の山口県山陽小野田市の国道2号線の交通検問で摘発(理由は追い越し違反)されたことで車両の盗難も発覚して逮捕され、川藤▲と同乗者の少年の2人は運転していた少年とは別のパトカーで連行されることになりました。ところが途中で川藤▲が隠し持っていた猟銃を警察官に突きつけて動けなくした上で少年が胸を刺して逃走したのです。
逃走した2人は途中で盗んだ軽4輪車で宇部市に向かうと衣服を盗んで着替え、山陽本線で広島を目指しましたが、1つ手前の山川駅で下車すると既に警察の手配が回っていたため山中に逃れて一夜を明かしました。翌朝、警察官と鉢合わせしたものの一緒にいた市民に猟銃を突きつけたため逮捕に至らず、市民が運転する軽4輪車で宇品港に向かいました。ちなみに警察官は付近でもう1人の少年を発見・逮捕しています。
宇品港に行く途中で川藤▲は広島県警本部とは目と鼻の先の位置にある銃砲店を襲い、ライフル銃3丁と弾丸80発、さらに猟銃用の散弾250発を奪ってタクシーで宇品港に到着しました。そうして港内で散弾を乱射しながら停泊していた連絡船に乗り込み、船長に猟銃を突きつけ、乗客と見送りの37人、さらに乗員9人を人質にして午後5時15分に出港したのです。この時、乗船を阻止しようとした警察官も銃撃して重傷をわせています。
出港後も並走する広島県警水上警察所の警備艇に向かって発砲して警察官に重傷を負わせ、付近を航行しているモーターボートにも発砲し、取材のため低空で接近したセスナ機も銃撃して燃料タンクを貫通する発火していれば墜落確実の損傷を与えました。
結局、午後9時40分に松山観光港に入港して乗客の人質との交換を条件にして給油を要求し、給油が完了した翌日の午前0時50分に出港して四国近海を迂回して午前6時50分に宇品港に戻りました。この時点で広島県警は3715人の全署員のうち1256人を動員しており、大阪府警から国体優勝の実績を持つ狙撃手も到着して準備は整っていました。川藤▲は岸壁から説得に当たる父親と姉に向かって発砲しただけでなく地上に配備されていた警察官や上空で監視していた警察のヘリコプターにも銃撃を加えたため現場で状況を確認していた広島県警本部長が発砲を許可したのです。午前9時52分に銃を手放してデッキに出て警察官に向かって叫んでいる川藤▲を狙撃手がライフルで40メートルの至近距離から銃撃しましたが、この一部始終はテレビで中継され、ニュースでも流されて小学生だった野僧も見ました。
ところがこの凶悪犯に対する極めて適切な処置を一部の人権団体は「裁判なしの死刑」として県警本部長と狙撃手を殺人罪で刑事告発したのです。当然、不起訴だったものの。
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  1. 2019/05/12(日) 11:56:20|
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