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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月15日・何故か知られていない重大冤罪事件・豊橋事件が発生した。

昭和45(1970)年の明日5月15日に極めて悪質で日本式捜査手法の誤りを如実に表している冤罪事件でありながらマスコミが取り上げることがないためほとんど知られておらず、現在も未解決になっている豊橋事件が発生しました。
野僧はこの事件について中退した大学の刑法の講義で「冤罪の事例」として学びました。その時のノートによると(全て実名で記してありますがここでは伏せます)現場は豊橋駅の新幹線口から600メートルほどの距離にあった文房具店で、午前1時45分頃に火災が発生して焼け跡から店主の妻と長男、二男が遺骸で発見されましたが、妊娠中だった妻には性的暴行を受けた後に絞殺された形跡があったのです。この時、店主は取引先の人と大阪万博に出かけており、滅多に出かけない店主の不在を知っていた人物として2人の従業員に疑惑の目が向きました。このうち就職して2年目で妻が食事や風呂の面倒を見ていた21歳のMさん(=「野僧の苗字」マイナス「野」)が豊橋警察署の取り調べの際、顔や手に引っかき傷があったことで捜査線上の最重要被疑者となり、さらに証言に辻褄が合わない点が目立ち、何よりも「部屋でテレビ番組を見ていた」と説明していたアリバイを隣室の青年が「日付が変わるまで起きていたがMは帰宅しなかった。テレビはついていなかった」と否定したため逮捕されたのです。豊橋警察署での取り調べでMさんは「妻が下の子に母乳を飲ませているのを見て欲情し、関係を迫ったが拒絶されたため顔面を殴打し、電気コードで首を絞めて失神させたが強姦する前に下着の中で射精してしまった」と証言しました。これを受けて豊橋警察署は名古屋地方検察庁豊橋支部に送検し、名古屋地方裁判所豊橋支部で公判が始まりました。するとMさんは第1回公判では検察側の主張を全面的に認めたものの第2回では全面否定に転じ、以降は一貫して否認し続けたのです。
このMさんの言動を聞いて捜査に疑問を持ったのが愛知県警中村署の熟練刑事でした。この刑事は過去にも愛知県警の見込み捜査による誤認逮捕を究明しており、旧知の新聞記者に感じている疑問点を伝え、現職の間は他の警察署の所管事件に関与できない自分に代わって真相の究明に当たることを要請しました。すると意外なことに捜査と取り調べに当たった豊橋警察署の刑事たちもMさんの犯行とすることに疑問を持っており、単に上層部が迅速な解決を厳命したため「公判が維持できる材料が揃っている」と言う理由だけで逮捕・送検したことが判りました。しかし、捜査担当者が疑問を感じていながらの送検であっても3名の放火殺人罪と強姦罪では死刑になる可能性が大きく、記者と刑事は徹底抗戦とMさんを全面的に支援することを決意しました。こうして国選弁護士を2人が選んだ辣腕の弁護に交代させ、「発見された下着に付着していた精液の血液型がMさんと一致しない」「日頃から蚊に刺されて引っかき傷を作っていた」「証言したテレビ番組の内容は見ていないと知り得ない」「ポリグラフ=嘘発見器の反応は虚偽の証言だった」などと検察側が提出した証拠を1つ1つ潰していった上、警察を定年退職した刑事が弁護側の証人として「無罪の者も警察官の誘導によって犯行を認めたことがある」と経験を証言したのです。こうして1974年6月12日に無罪判決が下り、検察側は控訴を断念しました。
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  1. 2019/05/14(火) 10:31:16|
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