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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1553

「モリヤ2佐も田老地区にある万里の長城を見て下さい。人口5000人にも満たない集落のためにあんな巨大な防波堤を作ったのは尾沢の利権以外に考えられませんよ」私の助言も松山3佐の憤激を鎮める効果はなかったようだ。おそらく今回の津波には全く役に立たなかった巨大な堤防を目の当たりにしながら被災地の復旧作業を指揮していてこの公共事業が行われた経緯に関心を持ち、国土交通省で勤務している大学時代の友人から話を聞いたようだ。
田老地区の巨大な防波堤は昭和35年のチリ地震による津波被害を根拠に昭和54年に完成している。当時の尾沢は37歳ながら当選十年目で自民党内では田中角栄の申し子として頭角を現していた。尾沢の資金源が東北地方に持ち込んだ公共事業を息のかかった建設業者に分配する利権であることはその頃から指摘されていた。
「地元の人も『尾沢さんのおかげであの堤防ができたから津波が来ても避難しなくても良い』って言われていたそうです」ここで安川3曹が同調した。幹部と陸曹では視点が違うが、やはり疑問は感じているようだ。そこで松山3佐への鎮静剤として劇薬を投与することにした。
「問題なのは尾沢がこの震災でも政権与党の一員で、復興工事を利権の材料にしようとしていることだな。尾沢にとって今回の大震災は地割れで金脈が姿を現したようなものだよ」ここまで辛口の見解を聞かせてようやく松山3佐は落ち着き、話題も変わった。
「モリヤ2佐、相談があるんですが」雑談が一段落した頃、安川3曹があらたまって話を切り出した。隣りで森田曹侯補士も姿勢を正している。
「どうした。ワシは法律相談が専門だから人生相談なら松山中隊長にしろ」「その法律相談です」安川3曹の返事に森田曹侯補士は顔を強張らせた。
「見た通り森田士長は曹侯補士なんですが、北部方面隊では曹侯補士は3曹には昇任させないで一律に依願退職させることが決まったんです」私は陸上幕僚監部の法務官室にいながらこの話は初耳だった。このように極めて違法性が高い不当人事を私に伝えなかったのは人事担当者が北部方面総監の威光を恐れ、陸曹の人事権は各方面隊に在ることを根拠に不介入を決めたからだろう。確かに私が動き始めれば陸上幕僚監部法務官室と北部方面隊の全面対決が勃発しかねない。「君子危うきに近づかず」「臭い物に蓋」は人事担当者の業務上の基本原則だ。
「僕は懸命に努力しても上の勝手な決定で無駄にされる陸上自衛隊に失望して退職することを決めたんですが、災害派遣に参加して行方不明者を捜索したり、犠牲者の遺骸を見つけて回収したり、被災者のために働くことにとても遣り甲斐を感じています。やはり自衛隊に残って陸曹として頑張りたいと思うようになりました」ここまでの雑談で森田曹侯補士の父親は3等空佐になって知らない間に設立された第3術科学校の警備課程を担当する7科長を勤めていると聞いている。この話が事実なら許し難い暴挙であり、息子から相談を受けて何と答えたのだろうか。
「それで法的に対抗処置が取れないかと考えていたところにモリヤ弁護士が来られると聞いて、相談することにしたんです」最後は松山3佐がまとめた。これに回答するのは簡単だが、影響を考えるとそれが正解とは言い切れない。私は組織人の2等陸佐でも法曹界に身を置く弁護士でもなく、曖昧を旨とする坊主の顔をして話し始めた。
「仮に法的処置を取った場合、森田曹侯補士は北部方面隊と総監を相手に不当人事の是正を求める民事訴訟を起こすことになる。これは明らかに採用時の雇用契約違反だから北部方面隊が敗訴するのは間違いない。上手くすれば北方総監の滋賀陸将に懲戒処分を与えられる可能性がある」
ここで「上手くすれば」はやや不適切だが坊主としては逆説的な論法も常套手段だ。
「勝訴を確実にするには森田曹侯補士単独ではなく他の曹侯補士たちと連名で集団提訴することだが、同期や連隊の他の曹侯補士たちは何て言っているんだ」この質問に3人は顔を見合わせて回答を譲り合った。結局、松山3佐が引き受けた。
「連隊では各中隊長の説得がかなり強硬だったようで全員が依願退職に同意しているようです。方面隊内には緘口令が敷かれていて同期で連絡を取り合うことは禁じられています」つまり北部方面隊としてもこの総監の独断の違法性は認識していることになる。逆にそうなると陸上自衛隊の体質から言って直属上司である松山3佐の立場はかなり危うくなるはずだ。下手すれば3佐で足踏みどころか「昇任、止まれ」になる可能性も低くない。
「ワシの記憶では滋賀陸将は生徒出身だったな。それじゃあ何を言っても無駄だ。今後のためには『縁がなかった』と諦めた方が良いかも知れないよ」やはり結論は坊主になった。
「上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない」と言う金言を噛み締めて泣いてもらうしかなさそうだ。一方、私は弁護士としての職務放棄や自衛官として不正を黙過する罪悪感よりも同期の森田3佐に対する慙愧の気分を噛み締めることになる。
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  1. 2019/05/15(水) 11:51:04|
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