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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1554

岩手県の太平洋岸を北上と言うよりも不通になっている海岸沿いの道路を内陸に迂回しながら久慈市に至った巡回は10日間で終わった。留守にしている間に統合任務部隊司令部に届いていた法律相談は公用車の事故や法令・規則の解釈の齟齬などで北部方面隊総監部の法務官で対応できていた。つまり私の統合任務部隊における現地での任務もこれで終了なのかも知れない。そこで久しぶりに我が妻・モリヤ佳織1佐に電話してみた。
「貴方・・・課業中はモリヤ2佐だったね」「うん、こっちもモリヤ1佐だな」これでは久しぶりの電話もラブ・コールにはならない。副校長兼企画室長は命令などの最終確認を受ける隊員の入室が多く、ドアの前で会話を聞かれている可能性があるため私用電話と判るのは拙いのだ。
「気仙沼大島へも行ってきたぞ」状況報告も身近な話題からになる。自衛隊用語で「報告」とは文書、若しくは口頭で下位者が上位者に伝達することを指すので我が家の場合は報告だ。
「それで出張所長さんは元気だったの」やはりモリヤ1佐の声が少し弾んだ。被災地の惨状には心が痛んでも人々との交流は思い出として刻まれているようだ。
「今回のトモダチ作戦で田舎の離島の住民にも国際感覚が身についたって感謝していたよ。それもモリヤ1佐の助言があったからこそだって」「ふーん、少し誉め過ぎな気がするけどね」モリヤ1佐は変に謙遜したが実際はもっと手放しだった。
「今も三沢の空軍が岩手県の被災地を慰問していてトモダチ作戦は継続しているんだぜ」「エア・フォースはフレンドリーな兵員が多いから通訳だけなら空自の隊員でも務まるでしょう」私は夫としてモリヤ1佐の口調の中にわずかな自己顕示を感じた。しかし、それは卑しい虚栄心などではなく気仙沼大島での大きな成果に対する自信だろう。
「そう言えばこっちで島田先任に会ったぞ」「うん、仙台に行くって電話があったけど本当に行ったんだね」驚かすつもりがこちらが呆れさせられてしまった。島田先任と伊藤佳織3尉の関係はやはり親子に近い緊密さがあるらしい。
「こっちで昭和一郎の昭和・歌のアルバムって番組を毎日やっているんだ。中々の人気番組で、ワシもカー・ラジオで聴いていたけど昭和に生きてきた人間の心を掴んで離さないな」私の説明に昭和をあまり経験していないモリヤ1佐は電話口で溜息をついた。モリヤ1佐が日本で暮らしたのは中学2年で帰国した昭和53年からアメリカの大学に留学した58年までの5年間と卒業して戻った昭和62年以降だけだ。その後もアメリカ陸軍指揮幕僚課程への留学とハワイの太平洋軍司令部での連絡官としての勤務があったから昭和に限らず日本での生活は短い。
「ワシのこちらでの任務が終わるのと島田先任の番組が終わるのとどちらが早いのかな」モリヤ1佐の気分が少し沈んだようなので話題を変えた。
「先任は2週間のボランティアだって言っていたけど延長になっているんだね。でも無報酬の仕事をあまり長引かせる訳にはいかないんじゃあないかな」「それじゃあ今夜も仙台FMへ行って話を聞いてくるよ」今度は私の方が島田先任との緊密さを誇示した。夫婦で小父さんとの関係を競い合っても全く意味がないものの番組作りにも参加していることを補足した。
本当は茶山元3佐との再会も説明したいところだが、モリヤ1佐は面識がない上、私用電話が長くなった。そこで最後に一番心配なことを質問した。
「ところであかりの出産に関しては何か言ってきてないのか」勿論、志織のハイス・クール生活も気にしているが、やはり初孫の誕生には敵わない。
「淳之介と梢さんから交互に電話が入るけど内容は一緒なのよ。淳之介はあかりから聞いた話を伝えているだけだから仕方ないよね」淳之介としては私に連絡したいのかも知れないが、携帯電話は地震でアンテナが倒れたため仙台市内でもようやく復旧し始めたところだ。
「まだ産まれていないんだね」「初産は予定日よりも遅れることが多いから連休明けになるんじゃあないかな」モリヤ1佐に言われて予定日は5月7日だったことを思い出した。モリヤ1佐の予想通りであれば淳之介も観光シーズンが終わって休暇も取り易いはずだ。
「それでもモリヤ2佐は東京に帰っても休暇は取れないんじゃあない」「うん、5月11日には判決が出る予定だから災害派遣でなくても無理だな」自分の返事で本業であるはずのイージス護衛艦と漁船の衝突死亡事故の公判の日程を思い出した。
「それじゃあモリヤ2佐もそろそろ撤退してくるんだね・・・はい、どうぞ」電話口でモリヤ1佐が誰かに返事をした。どうやらノドアをックされたらしい。かなり長電話になっているので廊下で待っていた隊員が痺れを切らしたようだ。
「用件は受け給わりました。無事の帰還をお祈りしております」モリヤ1佐は業務であるかのように取り繕いながら電話を切った。やはり副校長兼企画室長は大変な立場だ。
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  1. 2019/05/16(木) 12:40:19|
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