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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1557

島田元准尉の「昭和一郎の昭和・歌のアルバム」は3週間で終了ではなくDJが交代になった。始めは震災で亡くなった人たちが好きだった昭和の歌を流す追悼番組のようだったが、次第に避難所生活をしている被災者たちの思い出の歌の要望が増え、今では幼い日から青春、就職、恋愛、結婚、出産、育児、我が子の旅立ち、そして定年に至る人生の要所要所で口ずさんでいた歌で綴る昭和史の回想番組として絶大な支持を集めている。そのため仙台FMのベテラン・アナウンサーの和泉正孝が昭和次郎と名乗り、番組を引き継ぐことになったのだ。
「結局、最後までお願いすることになったのは最長老の昭和一郎さんでしたね」小会議室で番組のタイム・スケジュール表作成に付き合っている和泉はねぎらうように声をかけてきた。和泉は島田元准尉が可児市から持ってきた昭和の歌謡史に関する資料をまとめたバインダーを全てコピーしており、それを開いて番組で紹介する裏話を考える手順を確認していた。
「それは私が仕事を持たない隠居親父だからでしょう。若い人たちは仕事の合間のDJ課業だから職を失ってまで奉仕活動を続けることはできませんよ」島田元准尉の返事に和泉もうなずいた。和泉はアナウンサーとしては最古参で、仙台FMは世帯が小さいので肩書はないが大手放送局であれば「アナウンス部長」と呼ばれているはずだ。今回、昭和一郎の番組を引き継ぐことにしたのも職業人としての使命感と興味があったからだが、これまでの仕事が減る訳ではなく負担が大きいのも事実だ。
「他の皆さんは地元出身の歌手の曲を中心にローカル色を前面に押し出した郷土自慢の番組でしたから昭和一郎さんも選曲するのに遠慮していましたよね」「確かに多少は気を使っていましたが年代が違うからね」今回のボランティア番組に参加した各局のDJたちは旭川の雪うさぎは松山千春や中島みゆき、北島三郎などの北海道出身の歌手の持ち歌や北海道を唄った曲を使い、盛岡の石川賢治は東北人の千昌夫や吉幾三、佐藤宗幸、熊本の水前寺亜紀は福岡から鹿児島までの九州出身者は自分の占有物にしていた。その点、宮古島のハイサン兄さんは沖縄での番組の明るく賑やかな空気をそのまま持ち込んでいた。そんな中、雪うさぎが宇多田ヒカルの曲を使った時、「母の藤圭子は北海道出身」と紹介したため石川賢治が自分の番組で「岩手県一関市出身」と訂正して一悶着になった。結局、昭和一郎が「旅芸人だった両親が岩手県一関市での公演中に生まれ、そのまま北海道に渡って育った」と説明して決着がついたが、その時は藤圭子の「女のブルース」を流した。
「和泉さんは昭和20年代の生まれですよね」「はい、団塊の世代の昭和27年生まれです」正確には境屋太一氏の造語である「団塊の世代」は敗戦直後に帰還した兵士たちが子作りに励んだ昭和22年から24年生まれの第1次ベビー・ブーム世代を指すのだが、最近は戦後の混乱の中で粗製乱造された人たちを一括して呼称することが多い。
「そうなると戦前の歌はあまり詳しくないでしょう」「いいえ、三世代同居の家で育ちましたから祖父母や両親がかけていたレコードや懐メロ番組で耳にはしています」和泉の説明に島田元准尉は難しい顔をして溜息をついた。
「リクエストされた音源を探して流して葉書を紹介することまでは問題ないんですが、それを貴方がどのように評価するかに少し不安を感じています」「評価ですか・・・」意外な指摘に和泉はバインダーを繰るのを止めて島田元准尉の顔を凝視した。
「貴方の世代は戦前を軍国主義が蔓延していた暗黒の時代だったと習ってきたと思うんです。戦時中は戦争一色で国民は本土決戦で死ぬことを強要されていたと信じているんでしょう。しかし・・・」ここで島田元准尉は一つ息を飲んだ。
「戦前にも若者の青春があり、恋愛があり、家庭には親子の情愛や団欒があったんです。あの戦争は東京の大本営や軍令部に集められていたエリート将校たちが開戦当初は舞い上がり、劣勢に陥ると焦り、敗色が濃くなるに従って怯えて、やがては国を滅ぼすことばかりを考えるようになった」和泉は島田元准尉の歴史観に自分の祖父母や両親を重ねながら聞いている。
「そんな先が見えない戦争中も前線の将兵には軍隊としての規律と戦友愛があり、銃後の家族は声をひそめて無事の帰還を祈っていた。私はその時代を生きてきた人たちに経験を語っていただいて戦後世代に学校教育や戦後の映画人や作家、マスコミが作り上げた間違った歴史ではない真実を伝えたいと考えています」マスコミの一員である和泉は手放しでは賛同できないものの平成に入って2度実現した政権交代を契機に戦後のマスコミが推し進めてきた保守政権批判の是非を考えるようになっている。
「確かに自衛隊に対する評価もようやく定まりましたからね」和泉の言葉に島田元准尉は深くうなずいた。東北の人々の自衛隊に対する感謝の言葉を聞いたことが最高の記念品だった。
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  1. 2019/05/19(日) 13:21:49|
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