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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

2月22日・吉野ヶ里遺跡が発見された。

1989(平成1)年の明日2月22日に佐賀県の吉野ヶ里遺跡が発見されました。
野僧は平成2年3月に福岡県の春日基地に赴任しましたが、春日基地も吉野ヶ里フィーバーの真っ最中でした。おまけに春日基地が春日市に分割譲渡した市庁舎建設予定地からも遺跡が発見され、吉野ヶ里フィーバーと言うよりも考古学ブームが巻き起こっていました。
官舎でも奥さんたちは発掘作業のパートに参加するのが流行し、朝の出勤時間には日焼け対策を万全にした奥さんたちが集まり始めていて、「貴女は何所の遺跡?」「あそこは☓☓だったんでしょう」「昨日、OOを見つけちゃった」「ところで仕出し弁当は美味しい?」などとハシャイデいました。
春日市教育員長の幹部講話によれば福岡県内では昔からどこを掘っても遺物が出土し、農家が水瓶にしているのも畑から出た瓶棺であることが多いとのことでした。
この教育長は邪馬台国九州説を力説し、「吉野ヶ里の発見で、もう異論をはさむ者はいないだろう」と断言した後、「春日市の春日神社が大和へ移って春日大社になった」などと珍説にも熱弁を奮っていました。
ただ、野僧は奈良の幹部候補生学校を卒業したばかりで、奈良でも「昔からどこを掘っても遺物が出土し、木片に文字が書かれていれば直ぐに届ける」と聞いていたので、どちらにも感心しながらうなづいていました。
その後、吉野ヶ里遺跡へは愚息を連れて毎月のように遊びに出掛けましたが、静岡の登呂遺跡とは比べ物にならない広々とした遺跡内を喜んで走りまわり、復元された物見台や高床式倉庫の階段を上ったり、竪穴式住居の中をのぞいたりして殆どテーマパークでした。
後年、青森県の車力分屯基地へ赴任した時は、同じくその直前の1994年からの発掘調査で三内丸山遺跡が発見され、こちらも考古学ブームが沸騰していました。
そう言えば現在住んでいる山口県下関市豊北町にも弥生人の骨が多数発掘された遺跡があります。ヒョッとして古代人の魂に招き寄せられているのか?
周作・吉野ヶ里2周作・吉野ヶ里邪馬台テーマパーク「吉野ヶ里}

  1. 2013/02/21(木) 09:49:53|
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