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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1559

「ここが松尾芭蕉の奥の細道に出てくる最上川の下船場だよ」新庄市から戸沢村までは最上川の急流が山肌を切り崩した断崖絶壁が迫り、道路は岩肌を掘削して川側だけが開いた半トンネルが続いている。それを抜けたところが戸沢村の入り口で川下りの下船場でもある。ここから先は炬燵に入って周囲の絶景を楽しむガラス張りの観光船になるが、まだ乗ったことはない。
「松尾芭蕉と言えば『五月雨を 集めて流し 最上川』ですね」1曹は顔見知りで同世代だけに前回の3尉よりも話が弾む。この句が出れば私の答えは決まっている。
「ワシは芭蕉の句よりも子規の方が好きだな」「へーッ、どんな句ですか」「ずんずんと 夏を流すや 最上川」この句を聞いて1曹は呆気に取られ、WACは噴き出した。松尾芭蕉が山形県を詠んだ句としては山寺の「閑けさや 岩にしみ入る 蝉の声」の方が評価は高いようなので、この句が若い女性に受けるのなら正岡子規で売り出す方が得策ではないか。
「見送りに来ていた2曹も言ってましたけど、モリヤ2佐と話していると色々な知識を与えてもらえるから飽きないし、本当に勉強になります」このドライバーのWACは初めて同行するのだが数時間の道中で私の雑学を満喫してくれたらしい。1曹も笑ってうなずいているところを見ると私も小難しい雑学を楽しく聴かせる話術が身についてきたのかも知れない。尤も、私の雑学を嫌ったのは知的好奇心を持たない美恵子とモリヤの家族だけだ。                                  
「申し訳ないが次の集落で親戚の家に寄らせてくれ。大震災の被害状況を確認したいんだ」「はい、伺っています。あそこに見えてきた集落ですね」雑談に夢中になっていると公私混同で寄り道する目的地を通り過ぎてしまう。私の確認にWACが返事をした。座席の間から前方を見ると最上川沿いの国道の大きなカーブの先に縦に住宅が並んだ集落が見えてきた。その一番入り口が前回寄った庄司永(ながし)さんの家だ。
「こんにちは」旧街道と思われる集落の道路に業務車1号を停めて私は1メートル半ほどかさ上げしてある石段を登り、永さんの家の玄関の前に立って声をかけた。待っている間に庭を見回すと池の中では色とりどりの小鯉が泳いでおり、地震の被害は受けていないようだ。
「はい、どなたですか」しばらくして中から女性の声がした。世代から言えば薫さんの奥さんらしい。先ほど1階の居間のカーテンが動いたからこちらを確認したはずだ。
「東京のモリヤです。永さんか薫さんは御在宅ですか」大声で説明すると奥さんはドアを開け、無愛想な顔を見せた。前回、訪ねた時、薫さんは奥さんのことを「人見知りする」と言っていたが、まだ知り合いにしてもらえていないのが判った。
「主人は農協の仕事に出ています。両親は寺の片づけに行っています」「大林寺ですか」「はい、そうです」永さんの菩提寺である大林寺には前回、案内されて参っている。歩いて3分、集落の横を流れる小川の対岸だ。そこで私は業務車1号の2人に手短に説明して大林寺に向かった。
大林寺では高齢の檀家たちが手分けして倒れた石塔を起こし、ずれた石畳をはがして並べ直し、破損した壁の上にベニヤ板を張っていた。豪雪地帯だけに屋根はトタンなので瓦が堕ちる被害はないようだ。庫裏や本堂の中では女性たちが掃除をしているのが窓越しに見える。私が近づくと手前で石畳を直している男性が立ち上がって声をかけてきた。
「自衛隊さんが被害の確認かね」状況判断としては適切な推理だ。素人が被害復旧に励んでいる準・公共施設に迷彩服姿の自衛官が現れれば災害派遣の御用聞きに見えても仕方ない。
「庄司永さんの親戚の者ですが」「角永(かどえい)さんかね」男性は久さんの屋号紋で答えた。山形では家紋とは別に各家に屋号紋があり、門柱や玄関、戸袋や屋根、特に墓石の正面に刻んである。久さんの屋号紋は直角に交わった直線の中に永の文字なのだ。
「角永さん、親戚の自衛隊さんが来てるぞ」男性が境内で作業をしている人たちに声をかけた。すると80歳を過ぎているとは思えない早足で永さんが歩いてきた。私が挙手の敬礼をすると立ち止って丁寧に頭を下げた。
「あれーモリヤ2佐だどれー。よくござってけだなっす」永さんは私の階級を自衛隊式に憶えていた。流石は元教師だけに頭脳も衰えていない。
「今日は災害派遣から東京に戻る途中で寄らせていただきました。大事ありませんか」自宅は先ほど確認してきたが、挨拶の手順として確認した。
「おかげさまで家族と家は無事でした。寺は無住で手が行き届いてない分、被害を受けて・・・」そこまで言って永さんが振り返ったので見回すと全員が手を止めてこちらを見ていた。
「4年後に私が退役したら入りましょうか。宗派が違いますから管理人としてですが」私の冗談に永さんは真顔でうなずいた。大林寺は曹洞宗だから書類上は所属しているが坊主としては捨てている。それにしても定年後はハワイに移住する予定を忘れていた。
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  1. 2019/05/21(火) 11:55:58|
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