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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月23日・映画「俺たちに明日はない」のラスト・シーンが実演された。

1934年の明日5月23日に1967年初公開の映画「俺たちに明日はない(原題はBonne and Clyde)」でフェイ・ダナウェイとウォ―レン・ベイティがカップルを演じたアメリカの男女ギャングのボニー・バーカーさんとクライド・バロウさんが映画そのままに警官隊の銃撃で蜂の巣になって死亡しました。
ボニーさんは1910年にテキサス州で両親と5人兄弟姉妹の1人として生まれましたが、4歳の時に父親が病死したため実家があるダラス市でも治安が悪いセメントシティ(現在は流通拠点とオフィス・ビルが立ち並んでいる)に転居してここで育ちました。学校での成績は良かったものの逆上すると暴力を揮うことも多く、日本で言う女バンのような存在だったようです。16歳の時、同級生の不良と結婚し、18歳からはカフェのウェイトレスとして働き始めましたが、気風が良く働き者で美人だったこともあり客の人気を集めていたと言われています。ところが翌年、夫が銀行強盗で逮捕されて服役したため籍は抜かなかったものの事実上は独身になってしまい、20歳の時にすでに悪名が知れ渡っていたクライドくんと出会ってしましました。
そのクライドくんは1909年にダラス近郊のテリコの貧しい農家の8人兄弟姉妹の6番目として生まれました。両親が忙しかったため家事と育児は姉が担当しており、躾らしい躾けも受けないまま育ったため、幼い頃から動物虐待などの粗暴行為や学校をさぼって遊ぶ不良少年だったようです。17歳の時、兄が所属していたギャング団に入り、クリスマス前の七面鳥泥棒を皮切りに自動車窃盗から強盗へと犯罪者として成長して行きました。それでも家族は奪ってくる金品に喜び、犯罪を非難する者はいなかったようです。
2人が出会った直後にクライドくんは逮捕されて2年間服役しましたが、仮出所後は即座に悪事を再開し、ボニーさんと共に仲間を集めてギャン団の頭目になって行きました。その中にはクライドくんの兄夫婦も入っていました。
2人の犯行は繁盛している高級店にクライドくんが押し入り、店主に暴行を加えて多くの場合は殺害し、ボニーさんが店の前に横付けにして待っている車に乗って逃走し、州境を越えると言うものでした。当時は全米に捜査権と逮捕権を有する連邦警察=FBIは設立されておらず(司法省内に連邦捜査局はあったが担当範囲は全米規模の政治犯罪などに限定されていた)、州境を越えてしまえば犯罪は追いかけてこなかったのです。
ちなみに2人に愛車は映画でも描かれていた当時の乗用車としては最速のフォードV8で、パトロールカーでは追いつけなかったと言われています。
しかし、警察は他の州と連携して2人のギャング団を追うようになり、次々と逮捕者が出て最後は2人で逃走することになったのですが、その情報を入手したルイジアナ州の警察がテキサス州の特殊部隊と共同で人気のない道路脇の薮の中に潜んで待ち伏せし、農夫に変装した警察官が停車させたところを機関銃で150発以上の銃弾を浴びせたのです。
2人は裕福な商人だけを狙ったことで禁酒法と大恐慌の後遺症で鬱屈していた貧困層から英雄視され、30余年後に映画になると人気作品として再上映され続けたようです。
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  1. 2019/05/22(水) 11:40:38|
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