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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1564(かなり実話です)

「本日、横浜地方裁判所で無罪の判決を受けました前潟啓一郎3佐と大岩智人3佐の記者会見を始めます」2人の記者会見は海上幕僚監部の会議室で行われた。壁際に2つ並べて置かれた会議用の長机の中央には先ほどまで被告人だった前潟3佐と大岩3佐が座り、向かって左に海上幕僚幹部の人事教育部長と同じく首席法務官、右に牧野弁護士と滝沢弁護士が座っている。
統合幕僚監部の首席法務官と私は前潟・大岩両夫人と一緒に首席法務室で防衛省が撮影している記者会見の模様をテレビで見ていた。本来は両夫人も海上幕僚監部で待機してもらうべきなのだが会見終了後は両3佐と両弁護士を交えて検察側が控訴した場合の対応を話し合うことになっているのだ。WACの陸曹がいれてきたコーヒーを飲んだ時、質問が始まった。
「A日新聞の宮本です。本日の無罪判決を受けて自分たちには何の落ち度もない。責任は全て死んだ漁民の親子にあると考えているのですか」イキナリ攻撃的な質問だ。A日新聞は海難審判が始まる前に「双方の位置関係から衝突回避の一義的な義務はイージス艦側にあった」と断定する社説を掲載し、自衛隊を糾弾するマスコミ報道を先導してきた。私であれば今日の判決でそれが誤報であったことが認定された責任を追及するところだが、そんな戦闘的反撃を文民=民間人である両弁護士に期待する方が間違っている。
「無罪判決が出たと言うことが全てです」しばらくの沈黙の後、前潟3佐が答えた。その瞬間に多くのストロボが連射され、前潟3佐の額ににじんだ汗を際立たせた。
「M日新聞の浅沼です。結局、弁護側が提出した航海図も証拠採用されなかった。つまり検察だけでなく弁護側の主張も事実ではなかったことになります。それでも元被告は『自分は無罪だ』と胸を張って言えますか」これも搦め手からの攻撃だ。マスコミは何としても失言を引き出して無罪判決に疑問を呈する記事を作りたいようだ。
「無罪判決が出たと言うことが全てです」今度は大岩3佐が同じ台詞を繰り返した。ここで滝沢弁護士がマイクに手を伸ばして電源を確かめた。
「只今の質問者は我が方の航海図が証拠採用されなかったことを検察側と同じであるかのように言っていましたが、裁判官は検察側に対しては恣意的な捏造と厳しく批判しており、我が方については合理的客観性が確保できていないため依拠できないと説明したのです。貴方も文筆を生業としているのならこの相違は理解できるでしょう」滝沢弁護士の反論に記者たちは顔を見合わせて手元の配られた資料に目を落とした。
「TBZの関口です。今回の裁判でも一部のマスコミによって自衛隊側に全責任があるかのような報道が繰り返されましたが、それについてどのように感じていますか」放送法で政治的中立を義務づけられているテレビ局の記者の質問だからと言って油断はできない。テレビでは出演者の表情と言う手段が言葉以上に世論を誘導する効果を上げるのだ。
「拘置所では自分たちの裁判に関する新聞記事も読むことができなかったので、どのような報道が行われていたのか知りません」今度は前潟3佐が答えた。前潟3佐は航海長と言うことだが、この回避の舵捌きは流石である。当てが外れたテレビ局の記者は肩をすくめて腰を下ろした。
「Y売新聞の川上です。事故が発生した直後、当時の岩場防衛大臣があまご側の責任を認めて謝罪しましたが、これをどう思いますか」保守系の新聞の記者からの質問も時には危険である。前潟3佐は大岩3佐に顔を近づけて小声で話し合った後、マイクに向かった。
「私個人の感想として述べさせてもらいます。あの発言を聞いた時、私はこの組織が自分や家族の命を預けるに足る組織なのかに不安を感じました。あの時、海上自衛隊は事実関係を調査中であり、我々は事情聴取でありのままを述べていました。それを承知していたはずの防衛大臣が部下よりもマスコミの報道を信じた。これは・・・」ここまでで前潟3佐は言葉に詰まってハンカチで目元を拭い、それを見ていた両夫人も涙を浮かべた。
「Y経新聞の若松です。航海図を捏造し、事情聴取の内容を歪曲してまで告訴した検察に言いたいことがあればお願います」続いて保守系の新聞の記者が質問するとハンカチをポケットに仕舞った前潟3佐は手で大岩3佐を制してマイクに向かい直した。おそらく防衛大学校の後輩である大岩3佐の前を遮り、1人で批判の矢面に立つ覚悟を決めたようだ。
「検察官は公判中、我々に何度も『謙虚になれ』と言いましたが、その言葉をそのまま返したいと思います」「つまり、検察は思い上がっていると言いたいのですね」記者の確認に前潟3佐は無反応に顔を背けた。
「MHKの宮崎です。自衛官の弁護士に質問したいんですが」「彼は所属長からマスコミに自衛隊に関する内容を発表する許可を得ていないので出席できません」私は無意識に腰を浮かしかけたが、人事教育部長が未確認の理由を説明して諦めさせてしまった。
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  1. 2019/05/26(日) 10:38:31|
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