FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1568

「男の子だよ。おチンチンがついてるさァ」「声が聞こえるねェ。元気に泣いてるさァ」ドアの向こうでは看護師が赤ん坊の様子をあかりに確認させているのが判る。おチンチンは手で触れさせたのだろう。淳之介は思わず自分の股間を見てしまった。
「体重・・・3450グラム、適正体重です。身長・・・51センチ、平均よりも長身ですね」続いて身体を計測している看護師長が担当医に報告している声が聞こえた。淳之介は4070グラムの巨大児だったからそれよりは小柄な標準的赤ん坊のようだ。
これから赤ん坊は昔の産湯に当たる身体の洗浄をしてもらってから父子対面と言う手筈だ。振り返ると義祖父母は目を閉じて手を合わせたまま固まったようになっている。義祖父母がここまで真剣に祈っていたことを知り、淳之介は父から習った安産の功徳がある地蔵菩薩の真言を唱えるのを忘れていたことに気がついた。そこで手を合わせると小声で「オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ」と唱えた。
「かりゆしさァ(めでたい)」「おめでとう」「みぃふぁいゆー(ありがとうございます)」ようやく椅子から立ち上がった義父母の祝福に淳之介はヤイマムニ(八重山方言)で礼を言ったが沖縄本島では「にへでーびる」だ。尤も、本土から沖縄に来た淳之介にとってはどちらも新たに覚えた言葉なので相手に合わせて使い分けするほど身についている訳ではない。
「はい、可愛い男の子ですよ」そこに看護師長が息子を抱いて出てきた。すると義祖父母は淳之介の両側から顔を出して曾孫と対面した。
「恵昇の赤ん坊の時にそっくりだな」「うん、お帰り、恵昇」この子は義祖父母にとっては待ちに待っていた伯父の生まれ代わりなのだ。こうなると名前は「恵昇」に決まってしまう。それでも淳之介は伯父が早逝したのは「昇」の文字が「昇天=往生」を意味してしまった結果のような気がしてならないのだ。こうなると父が言っていたように「けいしょう」と読む別の漢字を考えるべきかも知れない。
看護師長が一度、分娩室に戻ると続いてあかりがストレッチャーに寝かされて出てきた。今回は若い看護師が押している。淳之介は薄く目を閉じているあかりに顔を近づけて唇を重ねた。それを見て看護師は恥じらったように顔を反らした。
「ありがとう。お疲れさま」「私もお母さんになれたんだね」あかりは淳之介の鼻息を感じ取って顔を向けるとかすれた声で呟いた。淳之介にはその言葉が「自分も父親になった」と言う責任として胸に迫り、もう一度額に口づけすると少し離れて目で看護師に合図した。
看護師が押すストレッチャーが長い廊下を進んでいくと後を追うように我が子を乗せた新生児用のストレッチャーが出てきた。初対面から数分しか経っていないはずだが顔の色が落ち着いて面立ちと表情が判るようになっている。
「やっぱりあかりに似ているな。男前になるぞ」今度も顔を近づけて話しかけると我が子はまだ見えていないはずの目を淳之介に向けた。あかりの障害を持った目は白濁しているが、我が子の目は黒いのが判った。それで安堵するのはあかりに申し訳ないような気がするが、そこは親としての自然な感情で胸を撫で下ろした。
「お義母さん、無事に産まれました。3450グラムでした。あかりも赤ん坊も元気です」病室に戻る前に小ロビーから義母に吉報を伝えた。義母も待ちかねていたようで電話には即座に出たが、この報告に返事をしなかった。やはり感激がこみ上げてきているらしい。
「それで男か女かどっちねェ」義母が返事をしなかったのはこの説明を待っていたようだ。感激で混乱しているのは淳之介の方だ。
「はい、男です」「それじゃあ恵任(けいとう)だね」今度は義母が希望の名前を口にする。淳之介は産まれる前に名前を決めておかなかったことを少し後悔して電話を切った。切る前に義母からは「ご苦労さん、立派だよ。最高さァ。おやすみなさい」と娘への伝言を頼まれた。
会議中のはずの父へはメールになる。ここで淳之介は祖父母の希望を採用して「けいしょう」と読む名前を漢字に熟練している坊主に依頼することにした。
「無事に産まれた。男。3450グラム。あかり似=おかあさん似。けいしょうと読む名前を考えて欲しい」父も熱愛していた元カノの義母に似た孫の誕生には男だったことは別にして感激するはずだ。若しも女であればあかりに見せている愛情表現がさらに過激になりそうだ。
「お父さん、何時まで会議なのかなァ・・・」メールを打ち終わって病室に向かいながら淳之介は首を左右に振ってみた。名前を考えようとしても漢字が思い浮かばず、頭の中でカランカランと音を立てそうなくらい軽い脳ミソは産んだ母親似のような気がしてくる。そうなると顔だけでなく頭も母親似になってもらわないと困る。自信があるのは首から下だけだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/05/30(木) 11:25:13|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1569 | ホーム | 5月29日・増原恵吉防衛庁長官の口滑らし騒動>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5409-eeb94f36
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)