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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1575

安川3曹を含む第3普通科連隊の帰隊組200名は往路とは逆に秋田港から小樽港まではフェリー、そこから先は役務調達による専用列車での移動になる。残留する現地部隊としては撤去する廃材などの運搬のため車両を確保しなければならず、人員を秋田港まで送った後は運転手と交代要員を兼ねた車長だけで宮古市に戻った。
安川3曹は秋田港のターミナル・ビルの売店で切手を買うと森田曹侯補士から預かった手紙に貼った。速達にするため80円に270円を加え(当時)、赤のボールペンを買って郵便番号の上に帯線を引き、「速達」と書いた。ただし、投函するのは北海道の小樽港に着いてからだ。
宛先の住所は旭川市内のマンションで名前は広橋照子だった。安川3曹としては時間を気にしながら辞書も引かずに走り書きした手紙が少し心配だったが、森田曹侯補士は本名も隠そうとしていたくらいなのでそのまま胸ポケットに仕舞った。
フェリーの3等船室の大半は迷彩服を着た一団が占拠していた。これは本州や四国、九州の師団が北海道への他方面演習で移動する時にも見られることだが、一般の乗客たちは迷惑そうに冷たい視線を浴びせ、中には公然と嫌味を吐きかけて来ることもある。ところが今回は違った。
「自衛隊さん、被災地に行ってたんですか」200名の隊員たちは漁港で獲れた魚を網に並べて干しているような姿で爆睡している。そんな中、寝つかれずに小声で話している隊員たちに初老の男性が声を掛けてきた。
「はい、そうです」「どちらへ」「岩手県の宮古市です」「どちらまで帰るんですか」「名寄です」民間人に部隊の行動を暴露することは保全上あまり好ましくないが、民間人の質問を無視して自衛隊に対する感情を害するのを避けるためにこの程度は許されるはずだ。すると男性は船室でこちらを見ている乗客たちに大声で説明を始めた。
「この自衛隊さんたちは災害派遣で岩手県の宮古市に行っておられたんだ。これから名寄まで帰るそうだ」この説明を聞いた乗客たちは一斉に拍手した。広い密室に響いた拍手の大音響に爆睡していた隊員たちも目を覚ました。続いて他の乗客たちも起き上った隊員に歩み寄ると丁寧にお辞儀を始めた。しかし、隊員たちは状況が理解できていない。連隊長以下の主要幹部は別室なので不在だ。そこで最先任である本部管理中隊長が立ち上がると「座ったまま姿勢を正す。気をつけ」「左向け、左」の指示と号令をかけて部隊を正対させた後、正座になった乗客たちの前に出て十度の敬礼をした。
「お疲れさまでした」「どうも有り難う」「ゆっくり休んで下さい」それを見た乗客たちはさらに大きく拍手し、口々に声をかけた。海外であれば任務を終えて帰国する軍人が搭乗している旅客機や貨客船では機長や船長が敬意を払ってアナウンスで紹介するのだが、やはり日本では反自衛隊の感情を持つ者への遠慮が働くのかも知れない。騒ぎを聞いた船員が入口から覗いていたが特別に何もなかった。
「旭川はそろそろ花見のシーズンだな」函館本線での移動も滝川を過ぎて大雪山系が迫って来ると列車の窓からは春の盛りを迎えつつある風景が見えてきた。北海道の北部には水田がないためジャガイモやタマネギ、トウモロコシなどの畑が広がっているが、線路脇の草地には色とりどりの花が咲き競っている。冬の間、雪の下で耐えていた草の歓びが爆発しているようだ。
「今年は岩手の桜を見たから花見は2回になったな」宮古市では市街地の桜の多くは津波によってなぎ倒され、塩害によって開花しなかったが、宿営地の河川公園の桜並木は無事だった。
「しかし、宮古市の桜は亡くなった人たちの霊魂のようで楽しむ気にはならなかったよ」ベテランの隊員の言葉で春の風情に浮かれかけた気分は一気に沈んでしまった。しかし、それは災害派遣に出動した隊員たちが共有している感情だ。自衛官は戦時歌謡「同期の桜」を愛唱している影響なのか桜の花に殉職した隊員の霊魂が宿っていると考える傾向がある(その点、坊主であるモリヤ2佐は「貴様と俺とは同期の蓮の花 同じ西方浄土の池に咲く」と唄っているが)。そのため倒壊した家屋を解体して多くの遺骸を収容し、生活の匂いが残る遺品を回収して宿営地に戻ると、出迎えるように咲いていた桜の花が感謝の言葉を告げているように感じていたのだ。4人は重い顔して車窓からの風景を眺め始めた。
「あんなに多くの人が亡くなっても自然は何も変わらずに季節を巡らすんだね」「でも大震災を起こしたのも自然だぞ」長い沈黙の後は雑談が唐突に哲学的になった。ここに松山3佐がいれば守山時代の中隊長であり宮古市で再会を果たした坊主の2佐を超える説教を垂れるのだが、現地指揮官要員として残留している。
「結局、人間も自然の一部なんだよ」「だったら地球温暖化は人間のせいじゃあないのか」これは哲学的と言うよりも不似合いに深遠な雑談と呼ぶべきだろう。
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  1. 2019/06/06(木) 12:06:04|
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