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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1582

「ねェ、前川原で岡倉くんと対抗戦をやってた村田英雄の曲で夫婦の歌があったじゃない」佳織のリクエストは意外にも昭和の大歌手・村田英雄の曲だった。前川原の幹部候補生学校の区隊の宴会で私は岐阜県出身の九州男児だった岡倉と交代で村田英雄のヒット曲を唄い、2番でマイクを渡してレーザー・ディスクなしで唄う妙な対抗戦をやっていた。私は沖縄時代、小倉出身の先輩と飲みに行くとカラオケでは必ず「無法松の一生」と「花と竜」を唄ったため憶えてしまい、ミュージック・テープを買って練習に励んできた。一方の岡倉は父親が北九州の出身のため「無法松の一生」を聴きながら育ったそうで身体に染み込んでいると言っていた。愛妻家だった村田英雄には「王将」など夫婦の情愛を描いた歌も多いがこれは「夫婦春秋」だろう。
「ママさん、夫婦春秋を頼みます」「今日はムッチーの歌かァ。モリヤさんには似合ってるけどね」ママさんが変な憎まれ口をききながらレーザー・ディスクを操作すると久しぶりに聴く伴奏が流れ始め、心がホンワカと温かくなってきた。
「ついて来いとは言わぬのに 黙って後からついてきた 俺が二十歳でお前が十九 提げた手鍋のその中にゃ 明日の飯さえなかったな お前」唄っていて思い出したが、この歌は梢と一緒に行ったスナックで練習していた。その時、梢は「黙って後からついてきた」のところで「はい」と合いの手を入れていた。ただし、淳之介を生んだ女の店で唄ったことはない。
「愚痴も涙もこぼさずに 貧乏十八番(びんぼうおはこ)と笑ってた そんな強気のお前が一度 やっとおいらに陽が差した あの日涙をこぼしたな お前」私たち夫婦の場合、陽が差したのは佳織の方で涙をこぼすが私の役どころだ。
「九尺二間が振り出しで 胸突き八丁の道ばかり それが夫婦(めおと)と軽くは言うが 俺とお前で苦労した 花は大事に咲かそうな お前」私たち夫婦はこの歌で描かれているような苦労はしていないが平穏無事、順風満帆だった訳でもない、そんな花を大事に咲かせたいものだ。唄い終って顔を見ると佳織は満足そうにうなずいていた。やはり同じ気持ちらしい。
「やっぱり似合うわ。モリヤさんの声は昭和の歌を唄うのにピッタリだね」「はい、昭和の申し子です」私がアッサリ認めるとママさんは拍子抜けしたように苦笑いした。私の場合、歴代の天皇の中で敬意を抱いているのは昭和の陛下だけで、今の天皇には嫌悪まで行かなくても違和感を抱いているのは確かだ。愛国心も平成になって急速に失われている。それが今回の震災で東北人の被災者たちに身近に接したことで少し回復しつつあるところだ。
「ワシの方も佳織に唄ってもらいたい歌があるんだ」グラスの冷や酒で喉を潤して今度は私の方からリクエストした。仙台では島田元准尉から佳織が伊藤3尉だった頃に隊歌演習をやった話は聞いているが折角、裏切ったママさんの予想に応える軍歌ではない。それでも戦争映画の挿入歌にはなっている曲だ。
「ダニー・ボーイをお願いします」「今度は洋楽だね。と言うことは唄うのは奥さんだ」どうやらママさんは私の英語力を過小評価しているようだ。ここは1つ、1990年公開の映画「メンフィスベル」でハリー・コニック・ジュニアがピアノを弾きながら唄ったようにきめてみたいところだがハワイに帰省しなくなって以降、英語力が急降下しているのは間違いなく、聞き役に回る方が正解だ。ママさんは珍しい選曲に戸惑いながら機械を操作し、スコットランドの風景の画面と同時に高尚な雰囲気の伴奏が始まった。
「オー ダニー・ボーイ ザ・パイプス ザ・パイプス アー コーリング、フロム グレン トゥー グレン アンド ダウン ザ マウンテン・サイド・・・」日本人が歌詞を読みながら唄うと字余りになって締まらないが、英語の方が母国語である佳織は全く違和感なく気持ちまで込めてくれている。この歌は出征した息子の帰りを待つ母の想いを詠ったスコットランド民謡とも言われているが、武人である私の胸にもそのように響いてくる。
「・・・オー ダニー・ボーイ オー ダニー・ボーイ アイ・ラブ・ユー、ソー」画面の歌詞では2番の最後が「アイ ミス ユー、ソー=会いたい」になっていたが佳織は英語と同じように換えて唄った。画面は最初の風景で固定されているのは日本人が英語の歌を唄う時には画面を見ている余裕がないと言うメーカーの判断なのかも知れない。その分、佳織の静かな熱唱に聴き入ることができる。
「この歌はカンザスに入校している時、貴方が北キボールに派遣されるって聞いたブリティッシュ・アーミー(イギリス陸軍)の留学生が教えてくれたのよ。だから志織と2人で貴方の無事を祈って唄っていたの」こちらの歌にも秘話があったようだ。佳織が志織を連れてカンザス州のアメリカ陸軍指揮幕僚大学に留学していた頃に私は殺人罪で収監された。これは佳織がそれを放置していた訳ではないことを互いに再確認できた秘話だった。
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  1. 2019/06/12(水) 11:26:29|
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