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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

6月16日・アメリカのロケット開発の中心人物・フォン・ブラウン博士の命日

1977年の明日6月16日はアメリカのロケット開発を指揮したヴェルナー・マグヌス・マクシミリアン・フライヘル・フォン・ブラウン博士の命日です。65歳でした。
フォン・ブラウン博士はフォンの称号と長い名前でも判るように名門プロシア貴族の出身で、1912年にポーランドとの国境に近いボーゼン州で生まれました。幼い頃、母親がルター派の堅信式(洗礼によって入信した気持ちを固める儀式)の記念に天体望遠鏡を与えたことで宇宙に興味を持ち、それがロケット開発に携わる動機になったと言われています。1920年に第1次世界大戦の敗戦によるヴェルサイユ条約で領地がポーランドに割譲されるとドイツ領内に移住しますが、ドイツのロケット開発の先駆者であるヘルマン・オーベルトン博士の「惑星空間宇宙ロケット」を読んで深い感銘を受け、それまでは大の苦手だった物理学と数学の猛勉強を始め、ついには得意科目してしまいました。1930年にベルリン工科大学に入学するとドイツ宇宙旅行協会にも入会して憧れのオーベルト博士の液体式ロケット・エンジンの研究を手伝うことができたのですが、ベルリン大学に再入学した頃にはナチスが政権を握っており、科学技術開発も軍事目的に限定されるようになっていたため陸軍兵器局のヴァルター・ドルンベルガー大尉と協力して研究を継続することにしました。そうして1934年末には高度2400メートル以上に達する液体式ロケットの発射実験に成功したのです。
1939年から始まった第2次世界大戦においてナチス・ドイツはヨーロッパ大陸から追い落としたイギリスの戦意を喪失させるため爆撃機による空襲を開始しましたが、護衛戦闘機を随伴できなかったのでイギリス軍の防空戦によって壊滅されると無人の飛翔体によるロンドンの空襲を画策し、フォン・ブラウン博士が開発したロケットの弾道弾への改造を命じました。これがV2です。ところがゲシュタポはV2が戦果を上げ、さらなる改良に取り組んでいるフォン・ブラウン博士がナチス党員であり親衛隊の少佐でもあったにも関わらず「開発の目的は宇宙旅行だ」と公言していることを問題にして逮捕・拘束しまいました。この時はヒトラー総統自身がゲシュタポに釈放を命じましたが、結局、ナチス・ドイツは敗北し、フォン・ブラウン博士以下のロケット開発の中心的な学者・技術者たちはソ連に連行されることを避けるため敗戦直前に逃走を図り、アメリカへ投降することに成功したのです。
アメリカでのフォン・ブラウン博士は長年の夢だった宇宙旅行の実現を期待しましたが、米ソの宇宙開発競争の目的はあくまでも宇宙の軍事的利用であり、不本意な任務を遂行することになりました。アメリカでドイツでの経歴を批判されると「宇宙に行くためなら魂を悪魔に売り渡しても良いと思っていた」と弁明していますから、アポロ計画によって月旅行を実現させたことで納得はできたのでしょう。死因が癌でした。
それにしても人工衛星を打ち上げているアメリカはフォン・ブラウン博士、ソ連はセルゲイ・コロリョフ博士、フランスはジャン=ジャック・バール博士、日本は糸川英夫博士、中国は銭学森博士と宇宙開発には唯一絶対の天才的指導者を必要とするようです。
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  1. 2019/06/15(土) 12:51:45|
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