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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1587

その夜、森田曹侯補士は無事に帰隊したことを報告するため航空自衛隊芦屋基地の官舎にある実家に電話をかけた。勿論、雪うさぎと交際することも説明するつもりだ。
「もしもし、森田ですが」電話には母が出た。その口調には日頃の元気がない。宮古市では近接する市町村に派遣されている陸上自衛隊の派遣部隊の情報くらいしか入ってこなかったが、陸海空自衛隊の総力戦の様相を呈している災害派遣に父も出動しているのかも知れない。
「俺だよ。今日、無事に名寄へ帰りました」「謙作なのね。無事だったの」母は今、報告したことを確認してくる。やはり心配を募らせていたようだ。
「派遣先は電話が通じなくて携帯も充電できなかったんだ。切手や葉書も手に入らなかったから連絡できなかった。御免」「ううん、大変な仕事をご苦労さまでした」ここでようやく母も落ち着きを取り戻したようで、いつもの口調に戻った。
「お父さんはどこかに行っているの」「うん、航空自衛隊は色々ややこしいみたいで私も良く判らないのよ。時々連絡が入るけど行っているところは謙作の宮古市ほど酷い被害は受けていないそうよ」派遣先は出動前に電話で知らせていたので、母もテレビや新聞が思い出したように報じる宮古市の情報に気をつけていたことが判った。
「ずっと宮古市にいたの」「うん、2ヶ月間の長期滞在になった。街が津波で滅茶苦茶になっていたんだ。おまけに宿泊施設がないから民間の工事業者は来られなくて自衛隊が頑張るしかなかったんだよ」それが改善したため派遣部隊が縮小され、ようやく名寄に帰ることができたのだが、その説明の前に母が話題を換えた。
「航空自衛隊は三沢基地に隊員を集めて陸上自衛隊の手が回らない場所へ行ってるらしいの」要するに災害派遣は航空総隊が担当しているため父のような航空教育集団の隊員も三沢基地に集合させ、そこで臨時部隊を編成してから派遣する二度手間を掛けているのだ。地理的には松島基地と2ケ所にして南北から攻めた方が良さそうだが、松島基地が航空教育集団隷下であることを陸上自衛隊の森田曹侯補士は知らない。何にしても航空教育集団を優先的に派遣した阪神大震災当時に比べると組織としての航空自衛隊の対処能力が落ちていることは確かだ。
「津波でやられた場所は手に負えないから内陸の地震で被害を受けた場所が多いみたいだよ」父は希望して航空自衛隊のSOC=幹部普通課程の代わりに陸上自衛隊富士学校の普通科AOC=幹部上級課程に入校しているので遜色はないはずだが、基地内で勤務する航空自衛隊の隊員は体力練成をスポーツに親しむことと考えているようなので、長期間の野営をしながら瓦礫の山と化した市街地での土木作業には不向きなのだろう。
「それで謙作は亡くなった人を見たの」母の質問が妙に深刻になった。日本人には昔から死に触れることを忌み嫌う信仰があり、母親としては息子を回避させたいのは当然だ。
「うん、倒壊した建物を撤去すれば下敷きになった人たちの遺骸が出てくるから運ばないといけないだろう。海岸でも津波で流されて戻ってきた人たちを探したよ。俺たちにとっては助ける人が生きていても死んでいても区別することなんかできなかったんだ」この説明に母は息子が経験にしてきた任務が九州でテレビを見ているだけの自分には想像もできない過酷で悲惨なものであったことを噛み締めた。そこで母はせめてもの救いを求めて質問してきた。
「お祓いなんかは受けてるの」「自衛隊は宗教にはノータッチだからできないんだ。それでもお父さんの同期の坊さんから除霊の呪文を習ったから大丈夫だよ」それは宮古市へ巡回法律相談に来たモリヤ2佐のことだ。モリヤ2佐は幽霊を見た時の対応を具体的に教育していったので宿営地での金縛りや幽霊騒動はかなり減少した。
「ところで俺、恋人ができたんだ」母子の会話がこれ以上はないくらい沈鬱になったところで森田曹侯補士が奇襲攻撃を仕掛けると、やはり母は呆気にとられて返事をしなかった。
「それは岩手の女性(ひと)なの」長い間を取ってから母が質問した。災害派遣先で知り合った相手と考えるのは常識的な推理だ。
「いや、旭川の女性だよ」「帰りを待っていてくれたのね」この推理も常識的だが外れている。何事にも重々しい森田家には珍しく「あッ軽い」会話なのでしばらく続けたいところだが雪うさぎにも電話したいのでまとめることにした。
「名前は広橋照子。旭川市内の友人の店を手伝っている32歳でバツイチ・・・だけど俺と彼女にとっては運命の出会いだった。以上」「待ちなさい。そんな年寄りで離婚歴がある女性なんてお母さんは反対よ。お父さんだって許さないでしょう」これも常識的な反応だ。
「そう言うと思ったよ。だったら俺は帰らないだけだ。息子は大震災で死んだと思ってくれ」森田曹侯補士はモリヤ2佐が聞けば大絶賛するであろう定番の台詞を吐いて電話を切った。
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  1. 2019/06/17(月) 10:58:17|
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