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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

6月24日・フェアチャイルド基地・B-52墜落事故

1994年の明日6月24日にアメリカのワシントン州にあるフェアチャイルド基地でパイロットの無謀な操縦によってB-52戦略爆撃機が墜落し、メイン・パイロット=機長のアーサー・ホランド中佐(46歳)、コー・パイロット=副操縦士のマーク・マクギーハン中佐(38歳)、ナビゲーター=航法士のケン・ヒューストン中佐(41歳)、そして安全監察官のロバート・ウルフ大佐(46歳)が殉職しました。
B-52は全長が47・55メートルなのに幅56・39メートルの主翼で揚力を確保していることでも判るように16トンを超える爆弾を搭載できる世界最大=最強の爆撃機で、1955年に核爆弾専用の爆撃機として採用されて以来、ベトナム戦争では北ベトナムを爆撃するため通常爆弾も搭載可能に改造され、後に巡航ミサイル搭載型も採用されて現在も現役としてアメリカの核戦略の一翼を担っています。野僧は沖縄で実機を見ました。
事故が起こった1994年の6月24日は金曜日でしたが、ウルフ大佐がパイロットから引退する記念行事として家族が友人たちを集めての式典が催されていて、引退する搭乗員が飛行を終えて機体から下りるとシャンパンのシャワーを浴びせる恒例の儀式の準備をしながらB-52が爆音を響かせて性能を披露しているのを見上げていたのです。
展示内容としては超低高度でのフライパス=上空通過に始まり、60度バンクで急旋回してからの急上昇、そして滑走路でのタッチ・アンド・ゴー(着陸即離陸)と言うもので急上昇までは何事もなく終了していました。ところが最後のタッチ・アンド・ゴーに入るため高度を下げ始めた時、滑走路では着陸したKC-135給油機の退避が遅れていたため管制官が管制塔を大きく旋回する形での上空待機を命じ、B-52は高度75メートルで接近して滑走路の中間地点付近から左に旋回したのです。
ところが公式には認められていないものの管制塔の後方には核貯蔵施設があり、接近禁止になっていためメイン・パイロットはそれを避けようと無理な旋回を始め、予定旋回航路の3分2を過ぎたところで機体のバンク角度は設計上の制限角度を超える90度になって失速状態で墜落したのでした。この模様は式典を撮影していたカメラマンによって撮影されており、ニュースで流れると視聴者に大きな衝撃を与えました(実際の航空事故を何度も目撃している野僧には映像では迫力不足ですが)。
当然、アメリカ空軍は事故原因を調査しましたが、B-52は機体と性能そのものが軍事機密のため公表は極めて限定されたものになりました。その中でメイン・パイロットのホランド中佐は過去にも無謀な操縦による問題を続発させており、「飛行安全規則や安全基準を常習的に破る勇猛果敢なパイロット」として有名だったことや危険を指摘する搭乗員を「臆病者」と揶揄するような「パイロットとしては不適格な人間性である」との告発が出て安全飛行の再教育を受けており、安全監察官と同乗するこの飛行もその一環だったことが明らかにされています。しかし、適性検査の結果は公表されていません。映像を見ると巨大なB-52を戦闘機のように操縦しており、急旋回中には「主翼が折れるのではないか」と思うほどしなっていました。
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  1. 2019/06/23(日) 12:29:31|
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