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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1595

例年、岡倉は9月中旬の秋夕(チュソク=太陰暦8月15日)、杉本は国務省の関係者が夏季休暇を取得する期間に合わせて韓国へ帰るのだが、今回は戦没者・殉国者の慰霊を行う6月6日の顕忠日に韓国に帰ることにした。2人には韓国で急激に高まっている反日感情の原因と意図を探求することが課題として与えられており、本来は朝鮮戦争の戦没者を慰霊する軍の儀礼日だった顕忠日に1965年から殉国者が加えられて以降、抗日暴動での死亡者だけでなく李承晩政権が対日破壊活動のため潜入させようとして遭難死した工作員まで対象になっているため、その史実を紹介する報道や国民の反応を確認することも目的だった。
「それにしても工藤さんも随分と大胆になりましたね」ニューヨーク発、仁川国際空港行きのデルタ航空の機内で岡倉は杉本の隣りに座った。杉本と2人で韓国に向かうのはこの職務について間もない頃に金大中政権の実像を確認する任務の補助として同行して以来だ。あの時、杉本に渡された媚薬を使って李知愛(イ・ジアエ)の純潔を奪いながらも今では妻としている。
「確かにな。以前は俺とお前を一緒に帰すようなことは控えていたんだが、今回は松本がハワイ、今田(本間の偽名)は台湾に行っているところで俺たちまで追い出してしまって1人で留守番だ」「工藤さんの実年齢は60歳を過ぎているでしょう。そろそろ後継者を決めないと今後の活動の方向性が定まりませんよ」珍しく岡倉が批判的な口調で組織の現状を語った。工藤としては倉田と呼んでいた村田を後継者として新たな中国語の専門家を採用し、戦力化できた時点で交代するつもりだったようだ。その村田をチベットで失ったことで後継者の選定と育成は宙に浮いたままになっている。残っている杉本、岡倉、松本、本間はそれぞれに組織の長としては一長一短があることを自覚していた。
「ところで金田さんは韓国で顕忠日を過ごしたことがありますか」岡倉は杉本の韓国用の偽名を憶えていた。この姓は在日韓国人を装うことを前提にしており、韓国名も用意している。
「いや、初めてだ。杉村は」こちらは韓国に限らず岡倉が用いている偽名だ。この他に杉本と岡倉にはイギリスの諜報機関用にハンゾーとコゴローと言うふざけた通称もある。
「私も初めてですよ。妻から『貴方は帰らない方が良い』って言われて以来、足が向きませんわ」「俺もだ。不快になるだけだってな」杉本の内妻である安楷林(アン・ヘルム)はジャーナリストだから冷静な助言をするのは理解できるが、岡倉の李知愛はこの日の主役の軍人であり、その妻が立ち会わないことを勧めたのはかなり反日的な空気が充満するからだろう。
「我々のイメージでは8月15日の終戦の日のような政府主催の慰霊行事が行われるのかと思いますが」「それでも韓国は政治家たちの靖国参拝には中国以上に抗議してくるから何かが違うんだろうな」杉本の答えに岡倉は妙な人物を思い出してしまった。前川原の同期であるモリヤ任人候補生は大学卒の仲間たちからは「右翼」「民族主義者」と陰口を叩かれるような古臭い言動を弄していたが、靖国神社に関しては「朝鮮戦争で戦死した海上警備隊員の合祀を拒否した」と真っ向から批判していた。モリヤは入校前の空曹時代にも戦史の研究に励んでおり、その中谷城太郎隊員が山口県の周防大島出身と判ったため遺族を訪ねて話を聴いたらしい。おまけにモリヤは日本の第2次世界大戦が終わったのは降伏文書に調印した9月2日であり、「8月15日ではその後も継続した千島列島占守島や樺太での戦没者の慰霊が蔑ろになる」と賛同する伊藤佳織候補生と2人で12時の食事ラッパの後に黙祷を捧げていた。
「ところで韓国は日本の軍人として戦った戦死者も慰霊の対象にしてるんですかね」「それも判らんぞ。最近は朝鮮戦争さえも宗主国の中国に認められた国家元首である金日成がアメリカの傀儡だった李承晩政権を打倒して祖国統一を目指した愛国行動だったと言い出してるから、戦没者も英霊から除外されているんじゃあないのか」2人で話しているだけでも気が滅入ってきた。岡倉は顕忠日に帰ることをメールで伝えると李知愛の返信が困った文体になっていたことを思い出した。そう言えばいつもは必ず添付されてくる聖也の画像もなかった。
「これは韓国に足を踏み入れた瞬間から韓国人になった方が良いかも知れませんね」「そこまでしなくても日本の小母さんたちは能天気に観光と買い物とグルメのツアーに来てるんだろう。身元を偽るのはその必要がある任務の時だけにしておけ」杉本は最初の韓国潜入の時と同じような指導を与えた。デルタ航空は韓国人が専用にしている大韓航空とは違いアメリカ人の利用者が多く会話を日本語にすればある程度の秘匿性は確保できる。
ここで客室乗務員が酒類の機内サービスに回ってきた。アメリカの航空会社の客室乗務員は日本や韓国よりも平均年齢が高い。杉本はいつものスコッチを頼むと一気に飲み干した。
「アメリカのマスコミは李明博政権を保守系だと評価していましたが・・・」「うん、そう言うことだ。俺は眠るぞ」そう言って杉本は座席を倒すと毛布を胸に掛けて目を閉じた。
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  1. 2019/06/28(金) 13:30:41|
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