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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

6月29日・東海ラジオ「聞いてみやーち」が打ち切りになった。

極めてローカルな話題で恐縮ですが、2016年の明日6月9日に東海ラジオの人気番組「宮地佑紀生の聞いてみやーち」が宮地さんの相方の神野三枝さんへの暴行が原因で打ち切りになってしまいました。番組は東海三県限定でも事件については全国区の新聞に載っていたので記憶している方も多いでしょう。
野僧は中学に入学した時、NHKの基礎英語を聴くためラジオ・カセット(=ナショナル・MAC)を購入して以来、テレビのチェンネル権を持っていなかったこともあり、帰宅すると先ずFM愛知で青木小夜子さんの「FMバラエティ」を聴き、夕食後は勉強をしながら「モスクワ放送」、モスクワ放送が終われば柴田チコさんの「コンタクト・クラブ」で日付を越していました。そのため大寺院の手伝いで檀家さん周りをする時にはカー・ラジオを聴くようになり東海ラジオのファンになってしまったのです。午前10時から正午の「かにタクの言ったもん勝ち(蟹江篤子さんとタクマさん)」と午後1時から4時の「聞いてみやーち」を聴きながら家から家を走り回り、午後4時から5時30分の「ただきいただきラジオ・クルージング」の放送中に寺へ戻ることができれば幸いでした。
そんな「聞いてみやーち」でトッポ・ジージョが話題になり、聴取者から「どこで買えるのか」と問い合わせるメールが届いて宮地さんと神野さんが困って「名古屋にはないから東京辺りで探せば」と言い出したため、野僧が「犬山のリトル・ワールドの売店にある」と知らせたことでメールを読まれるようになったのです(添付画像はその時のお礼)。
宮地さんは昭和24(1949)年に名古屋市大須で生まれた生粋の名古屋人で流暢な名古屋弁なのは当然です。愛知高校から愛知学院大学に進学しながら(愛知高校は付属校)デザイナー専門学校も卒業して名古屋市内でアクセサリー店を始めたそうです。その後、生CMに出演したことで東海ラジオのプロデューサーに声をかけられてラジオにも進出しました。しかし、タレントと店の経営の両立には失敗し、多額の借金を抱えながらも返済したことを挫けた聴取者を叱咤激励する際のネタにしていました。
一方、神野さんは昭和40(1965)年に愛知県岡崎市で生まれ、東三河では「聖女生徒」と呼ばれてナンパすることを控えていた市内のカソリック系の高校を経て、名古屋市内のプロテスタント系の短大に進んでいます。卒業後に名古屋で開催された世界デザイン博でコンパニオンを勤めたことでスカウトされ、東海ラジオのアシスタントになった時の語り口が評価されて「聞いてみやーち」のパーソナリティーに抜擢されたのです。
2人のやり取りは暴走気味の宮地さんを16歳年下の神野さんが冷静にたしなめるのが絶妙だったのですが、この日の生放送中にプレゼントの当選者のメールを紹介していた神野さんの脚を宮地さんが蹴り、「プレゼントを頂いた方のご紹介じゃあないんですか」と言い返すと「だから頂いた人のやつ、頂きゃあエエがね」と答えてマイクで神野さんの顔を殴って唇に裂傷を負わせたのです。聴いていた友人(岐阜のローカルFMのDJ)は「最近は2人の呼吸・波長が合っていなかったように感じていた」そうですから本人たちも自覚がないまま不満が蓄積し、衝動的に爆発してしまったのでしょう。残念です。
聞いてみゃーち
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  1. 2019/06/28(金) 13:32:11|
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