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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1599

「お父さん、おかえりなさい」李家の玄関ではジアエが聖也(セオンヤ)の手を引いて出迎えた。聖也も6月13日で3歳なるが、顔立ちはますます父親似になっている。実は今回の帰国には一度も立ち会っていない誕生日を一緒に祝いたいと言う父親としての希望もあった。
「聖也、これはお前に土産だぞ」岡倉が玄関を開ける前にカバンから出しておいたバスケットボールを廊下に転がすと聖也はシッカリとした足取りで追いかけていった。それを眺めながら岡倉はジアエを抱き寄せ帰宅の口づけを交わした。
夕食を終えて居間での酒席になった頃には聖也はベビー・ベッドで眠っていた。そろそろ窮屈そうなのでこのベッドもお役御免のようだ。
「顕忠日は軍の式典があるから私は勤務なの。でも貴方は外出しない方が良いわ」義父母と岡倉が土産のカリフォルニア・ワインで乾杯をして目尻が赤ワインに染まり始めた頃、ジュースでつき合っているジアエが表情を硬くして忠告を口にした。義父母はジアエ以上に厳しい顔をして岡倉を見詰めている。先ほどまで家族の団欒に満ちていた居間は聖也が起きていれば怯えてしまう程の険しい雰囲気になった。
「しかし、顕忠日は6・25戦争(=朝鮮戦争)の戦没者を慰霊する行事だろう。敵は北韓(=北朝鮮)と共産党中国であって日本は味方じゃあないか」この反論が無意味であることは岡倉も十分過ぎるほど理解している。韓国を釜山にまで追い詰めた北朝鮮はソ連から供与された機雷を対馬海峡にまで敷設して国連軍の渡海を阻止した。このため仁川上陸で形勢を逆転させた国連軍は機雷を除去して補給線を確保する必要が生じたのだが連合国海軍には余力がなく、創設されたばかりの海上警備隊(現在の海上自衛隊)の掃海隊を派遣した。ところが昭和25年10月17日に掃海艇が触雷・沈没して隊員が戦死したことを聞いた李承晩大統領は「日本海軍が来ていると判っていれば砲門を向けて撃沈したのに」と言い放ったのだ。
「今では6.25戦争を金日成の侵略に対する防衛戦争としているのは政府の公式見解だけで、若い世代はマスコミと教師の祖国統一戦争と言う宣伝を鵜呑みにしているし、金大中政権以降は大物議員まで民族の悲願がアメリカに阻止されたと公言するようになっているの。だから戦没者はアメリカと李承晩の戦争で殺された犠牲者と言う憐れな存在になっているわ」説明しているジアエの目には軍人としての怒りの火が点っている。
「我々が経験してきた現代史がこれ程簡単に真逆の評価で塗り固められるとは思っていなかったよ。今では事実を語る者は親日派として売国奴扱いだ。戦没者を犠牲者にしているのはせめてもの同情のつもりなんだろう」義父は苦くなった口をワインで薄めるようにグラスを空け、義母が珍しく多めに注いだ。やはり酔わなければいられない気分なのだろう。
「6.25戦争は国連軍と北韓と共産党中国の戦争であって日本は占領下でしたから親日も反日もないでしょう」「そんな理屈が通るような状況ではないんだ」「私も早めに退職したことを後悔しているわ。若い教師たちが生徒たちに歪曲した歴史を吹き込んでいればその虚偽を指摘して誤りを正すのもカミから与えられた使命だったはずよ」岡倉の判り切っている疑問にも義父母は声を揃えて強弁した。韓国には日本のような定年制度はないが60歳前後で引退することが慣習になっており、義母は聖也が生まれた時、それよりも早く退職していた。
「それではお義母さんの身に危険が及びかねないでしょう」「カミに身を捧げる殉教こそカソリック信徒としての至福じゃない。佛教の寺院まで壬辰倭乱(=豊臣秀吉の朝鮮出兵)や日韓合邦(=日韓併合)で寺宝を奪われたと言い出しているんだから私たちが真実を叫び続けなければ宗教を否定する北韓や共産党中国に組み込まれてしまうわ」ここで韓国佛教界の醜態を聞かされて岡倉も口の中が苦くなってグラスを空けた。
「我が軍でも日軍(自衛隊)に対する不信感を公言する将官がいるの」岡倉のグラスにワインを注ぎながらジアエは苦味の調味料を混ぜてきた。これが良薬なのかは判らない。
「空軍のトップは日空軍(航空自衛隊)の指揮幕僚課程を修了しているんだけど入校中に青島幸男と言う芸能人が都知事になって就任会見で日軍を徹底的に誹謗したそうね。だから同期たちが激怒すると思っていたら全く無関心で愕然としたと言っているわ。おまけに日陸軍(陸上自衛隊)はその直前に地下鉄サリン事件に出動して決死の活躍をしていたのにそれを裏切った都民にも何も感じていなかった。この危機感のなさは軍人として信頼するに値しないと講話やインタビューで語っているの」「確かに今の日本の政権を放置しているようでは軍人としての愛国心に疑問を感じるな」ジアエの説明に義父も同調した。
「まさか日本まで韓国みたいにクーデターを起こす訳にはいかないでしょう。自衛官は政治的活動には関与しないんです」岡倉の皮肉な抗弁は今も有効な「服務の宣誓」になった。
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  1. 2019/07/02(火) 13:03:55|
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