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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1605

玉城美恵子(ユーチョン・メイファイスー)は3年の暫緩緩刑=執行猶予の期間中、雑用係として台北の拘置所で勤めている。執行猶予中は法務当局の監察を受けるため出国は認められず、本人の唯一のプライドである理容師免許も他国では通用しない。他の仕事に就こうとしても広東語ができないのでは話にならない。そこで国選弁護人として担当した陳江河(チェン・ジィアンフェア)が法務当局と話し合って監察にも都合が良い拘置所での仕事を与えたのだ。勿論、収監されている男女の被告人たちの散髪も担当させているが法律的制約と保安上の配慮で剃刀は使わせていない(刑法では本人の意思に反して髪を切る行為も傷害に該当する)。
「菊子(ジュスー・本間郁子の偽名)が王中校に会いに来る予定だと文麗(ウェンリー)から聞いて助かったよ」今では定宿になっている台北市内のホテルに迎えに来た陳弁護士は助手席に座った本間に本音を語った。陳弁護士は企業の損益補填や借金返済の調停などを担当してきたことで暴力組織に狙われるようになり、宮寛君(ゴン・グァンジュン)と言う偽名で活動しなければならなくなっている。このため高い報酬を得られても危険を伴う仕事には関わっていない。したがって通訳を雇う必要がある玉城美恵子との接触は必要最小限にしており、本日の本間の通訳は無料奉仕と言うことになる。
「それにしても玉城さんは3年も民国で暮らしていて広東語は覚えなかったんですか」「日常生活と仕事に必要な最小限の単語は覚えても、後に『嗎(マ=ですか)』とつけて疑問形にするだけで文章としては使えないようだ」本間としては女性自衛官の憧れであるモリヤ佳織1佐の夫の元妻であるこの女性の頑ななまでの現実拒否が理解できないのだが、前回会った時の印象では古い職人気質が悪い方向に強く働いているようだった。
「玉城さん、お久しぶりです」台北拘置所の面接室で待っていると玉城美恵子は1人で入ってきた。市販の作業服を着て頭にも長い髪を収める帽子をかぶっている。執行猶予中は刑法上の受刑者だが、合法的に健全な生活を送っていることが確認できれば特別な監視や拘束は受けない。玉城美恵子は拘置所の独身宿舎の1室に住んでいるが外出は自由だ。
「裁判の途中で宮先生(陳弁護士の偽名)の通訳をしてくれた人ねェ」玉城美恵子は本間の顔を遠慮なく注視すると少し表情を緩めて声をかけた。拘置所では日本語を話す機会がないのかシマグチ(沖縄方言)のままだ。実はこの拘置所にも台湾で犯罪を起こして逮捕され、告訴された日本人の被告人が収監されているのだが、雑用係は私語を交わすことを許されてなかった。
「玉城さんは理容師としても活躍していて、裁判に出廷する被告人のテレビ映りが良くなって市民に好感を持たれるから困ると検察官が言っているんだよ」陳弁護士の説明を本間が通訳すると玉城美恵子は何故か不満げな顔になった。
「男も女もストレートの調髪だけでは技量を維持できないさァ。どうして弁護士先生が本人の希望通りにパーマや毛染めできるように裁判官に言わんねェ」かつて玉城美恵子は前々夫が勤務していた防府南基地の売店の理容店を手伝っていたが新入隊員では短髪ばかりで、その不満が鬱積して幹部候補生学校に入校していた夫に無断で市内の理容店に就職した。それが前々夫に服務上の問題として大きな失点を与えたのだ。
「玉城さんが民国でも理容師免許を取得すれば市内の理髪店に就職して思う存分仕事をできたんだが、ここで素人扱いの無報酬の仕事だけだから仕方ないよ」陳弁護士は玉城美恵子の不満を聞き慣れているようで決まり文句でなだめた。これでは高給を支払って通訳を雇うのは無駄にしか思えないはずだ。
「だけど理容師として日本ではできない大変な仕事もしたさァ」ここで玉城美恵子は表情を硬くして本間を見詰めた。それを見て本間も無意識に背筋を伸ばした。
「死刑を執行される人たちの最後の整髪をしたんだよ。流石に手が震えたさァ」確かにこれは理容師としてこれ以上ない重く厳粛な仕事のはずだ。2009年のアカデミー賞で日本映画の「おくりびと」が外国語映画賞を受賞したので本間もアメリカで見たのだが、玉城美恵子は死者ではなくこれから死に逝く人の最期の身支度を整えたのだ。
「民国でも首を吊るのかな。今では薬物注射が一般的見たいだから・・・」「民国では全身麻酔の上、心臓と脳幹を銃で射って執行する。死刑囚は恐怖を感じない人道的な執行方法だ」重い沈黙の中、本間が広東語で呟いた疑問に陳弁護士が説明した。以前、共産党中国は公開銃殺刑で執行時には公共広報で子供を含む全市民が陸上競技場などに集められ、首に罪状を記した札を提げた死刑囚が引き回された後、武装警察官が背後から頭を銃撃していた。中華民国も銃殺を維持していると言うことは辛亥革命以降に確定した執行方法なのかも知れない。その共産党中国は1997年から薬物注射と銃殺を判決の中で選択できるようになっている。
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  1. 2019/07/08(月) 13:19:42|
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