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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1607

あかりが那覇の安里家で子育てに励んでいる間、淳之介は石垣島で独居生活を送っている。水産高校を卒業して現在の船会社に就職して以来、アパートで独身生活を送っていたので掃除・洗濯・ご飯炊きには慣れたものだが1人で時間を過ごすことが不得手になっている。趣味で始めたウクレレは思いのほか上達し、あかりに電話を恵祥の耳に近づけさせて子守唄代わりに聞かせているが曲になるのは2、3曲だけだ。ハワイで暮らす志織と東京在住の父にハワイアンのCDと楽譜を頼んでいるがまだ届いていない。淳之介の場合、ハワイ語(英語もかなり怪しい)には片仮名の振り仮名が必要なので志織も手間取っているのかも知れない。父には日本語の歌詞の作品集を依頼したのだが、日本でハワイアンが大流行したのは移民が本格化した大正時代と敗戦後の占領下だから無理な注文だったようだ。したがって今唄えるハワイアンは中学校の音楽の授業で習い、水産高校の遠洋航海でハワイに行った時の日付変更線突破祭でも唄った「アロハ・オエ」だけだが、ウクレレはマスターできていない。
その日も淳之介が夕食を終えて昨日の講座で習った曲の練習を始めた時、電話が鳴った。あかりからの電話は先ほど終えたばかりだ。
「もしもし・・・」「淳之介ねェ。おバア(祖母)さァ」この声は南城市の祖母だ。南城市の玉城家へは清明(シーミー)祭とウチナー正月で帰省した時には墓参のために訪問しているが、それ以外は淳之介が帰島した後、病院に恵祥の顔を見に来ただけなのでウチナー正月以来会っていない。その祖母からの唐突な電話に困惑しながら受話器を握り直した。
「実はお前のお母さん、美恵子が帰って来るのさァ」電話が唐突なら用件も唐突だ。祖母が「お母さん」と呼んだ玉城美恵子が台湾で執行猶予3年の判決を受けて台北の拘置所で働いていることは帰省した折に聞いているが本人との関係を断っているため存在さえ忘れかけている。
「あの女性(ひと)が帰ってきても俺には関係ないよ。恵祥にあんな恥ずかしい祖母がいるなんて教えたくないからね」淳之介の冷淡な返事に祖母は電話口で息を飲んだ。淳之介は南城市で暮らし始めても全く顔を見せない美恵子を両親が責めると「仕事が忙しいんだよ」と弁護し、時には祖父母に自制を促すことさえあった。しかし、母のアパートを訪ねて男との性行為にふけっている痴話を聞いたことで自分を顧みない理由が仕事ではなく性欲と快楽を追い求めているためだと知って以来、自分に流れる母の血を恥じ、嫌悪するようになった。そのため淳之介にとって玉城美恵子は「自分を生んだ女」以外の何物でもない。
「お前の気持ちはおバアにもよく判るさァ。だけど話は聞いておくれ」「うん・・・」祖母の切羽詰まった声に淳之介は自分も親となったことを思い起こして承諾の返事をした。
「美恵子は観光旅行のビザで台湾へ行って有効期限が切れた上、現地で仕事もしたから日本に帰ってくる時に事情聴取を受けなければいけないそうなのさァ」玉城美恵子は周志竜(ヂュウ・ヂ―ロン)の遺産分与の誘いに簡単に信じて観光査証(ビザ)で台湾に渡航した。ところが現地で逮捕されて1年に及ぶ裁判で3年間の執行猶予の判決を受けたため帰国できず、現地での就労が認められていない観光査証で働いてきた。これは台湾においては司法当局による特別処置だが日本側から見れば査証違反である。
「だから台北から那覇への国際フェリーで帰ってくる予定だけど石垣港で下船して入国管理局で事情聴取を受けることになったのよ。その時、お前に付き添ってやって欲しいのさァ」祖母の口調が懇願になってきた。しかし、淳之介は即座に拒否した。
「俺、仕事だし、会社であの女性(ひと)のことを知ってるのは社長だけだから困るなァ」これは拒絶ではなく仕事の都合だ。すると祖母は困り果てたようになってすがってきた。
「おジイがタクシーの仕事を辞めてから私たちは年金暮らしなのさァ。モンチュウの畑を手伝って作物をもらっているから生活できてるけど石垣島へ行く旅費はないんだよ。お前に頼むしかないのさァ」祖父母の暮らしぶりは帰省した時に見ているが、祖父がタクシーで稼いでいた頃ほどは余裕がなくなっている。出される食事のオカズは野菜のチャンプルと祖父が漁港で釣ってきた魚だけだ。そんな老夫婦に石垣島への旅費を捻出させることは孫としてできない。
「判った。社長に内緒で相談してみるよ。あの女性(ひと)が来る日付と時間を教えてくれ」「それが台湾の通訳の女の人から手紙が届いただけなのよ。執行猶予が終わったところでもう一度裁判が開かれて日付なんかが決まるんだって。お前には迷惑かけるね」祖母は最後には涙声になっていた。あの女性(ひと)の息子であることは辛いが親こそもっと辛いはずだ。
「仕方ないよ。それにしてもあの女性は帰ってからどこに住むつもりなのかな」「ウチしかないよ。それが家族って言うものだからね」これは父も常に口にしていることだが、やはり淳之介はこの祖父母の孫に戻るために沖縄へ来たのだ。
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  1. 2019/07/10(水) 13:18:36|
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