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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1608

イージス護衛艦・あまごと漁船の衝突死亡事故の裁判は横浜地方検察庁が控訴したものの新たな証拠の提出はなく控訴事由は「法務省の司法が国土交通省の海難審判の裁定を否定するのか」と言う感情論に類する一点に絞られている。確かにマスコミが法務省と国土交通省の対立を巧妙に演出すれば世論の動向に過剰に反応する缶政権が抑え込みに走る可能性はある。その一方で私は東北地区での災害派遣部隊の巡回法律相談所を中断して呼び戻された福島原発事故における原子炉の冷却作業に参加した隊員の放射能汚染問題に関する法廷闘争の可能性を調査しているが、自衛隊の安全管理は厳格で、綿密で専門的な健康診断も実施されているため隊員たちから不安の声は聞かれない。何よりも不安を扇動するマスコミの取材を受けても隊員たちは不信感が先に立って「俺たちを利用するつもりだ」と完全に背を向けている。
そんな訳で自宅からの通勤に戻ることができた私が座卓に並べた佳織と梢の写真を相手に侘しい一人酒を飲んでいると傍らに置いた携帯電話が淳之介の着信音を奏でた。
「もしもし、まだ日本語版のハワイアン作品集は見つからんぞ」あかりと恵祥の近況報告は梢から受けているので淳之介ではない。そうなると用件は一方的に注文を受けた日本語版のハワイアンのCDと歌詞集になる。しかし、通勤の途中に書店やCDショップに寄って探しても、日本語版となるとベテランの定員まで「見たことがない」と答える状況だ。中には「古書店に行けば置いているのでは」と適切な助言をしてくれる老齢の店主もいる。
「そっちは迷惑をかけています。やっぱりウクレレの練習と英語の勉強の同時進行は無理なんだよ」「1人住まいなら時間は幾らでもあるだろう」同じような生活を送っている私からの指摘に淳之介は困ったように数秒間口ごもった。
「お前は八重山方言をマスターしたんだからハワイ語も似たようなものじゃあないか」「ヤイヤムニ(八重山方言)は離島の乗客と話すから自然に覚えたんだよ」考えて見れば淳之介は昔から興味があることは感心するほど熱心に勉強するが、それ以外はかなり強制しなければ見向きもしない息子だった。私は父として「血は争えない」と同様の性格だった生んだ女に腹を立てていた。すると淳之介がその生んだ女の話題を持ち出した。
「お父さん、俺を生んだ女が帰って来るの知っている」淳之介の立場では「俺を生ませた女」にもなる。こうなると「一生の不覚」と後悔したくなるが、それでは淳之介に申し訳ない。
「もうアイツが帰ってくるのか。何とか真面目に3年間を過ごしたんだな」私も淳之介を通じて美恵子が台北の拘置所で雑用係として働いていることは知っている。私としては恵祥に恥ずべき祖母を近づけないため、それを現地での就労を認めていない観光査証違反(ビザ・2017年以降、中華民国は91日未満の短期ビザが不要になっている)として日本側から告発を通報すれば執行猶予中の違法行為として実刑に持ち込めると考えていた。しかし、法務省の出入国担当者に人脈を作って実現するほど暇ではなかった。
「それでもお前は無関係なんだろう」「それが・・・」ここで淳之介は言葉を切った。私としてはあかりとの結婚を機会に絶縁を命じ、淳之介も納得していたはずだ。
「あの女性(ひと)は那覇行きの国際フェリーで帰って来るから石垣港で下船させられて入校管理局で事情聴取を受けるんだって。南城のおバアから付き添ってやって欲しい頼まれたんだ」美恵子が犯した事件から4年以上が経過しているので地元マスコミも関心を失っているのではないか。それでも両親としては付き添ってやりたいらしい。
「南城の家もおジイがタクシーの仕事を辞めてからは年金生活だから石垣に来るお金がないんだって。おバアも泣いていたよ」これが愛知県の実家であれば「泣き落としに引っ掛かった」と叱責するところだが南城市の元義父母はそのような計算を働かすことはないはずだ。
「それでもお前は関わってはいかんな。あの女が帰ってくるのは何時だ」「執行猶予が終わったらもう一度裁判で確認を受けて決まるみたい。向こうの弁護士が連絡して来るってさ」私は淳之介一家を守るための防衛出動と南城市の玉城家の元義父母の苦衷を救うための災害派遣を個人として発令することを決めた。勿論、那覇に寄って初孫の恵祥と対面することも考えている。むしろそちらが最優先事項だ。
「ワシが石垣島に行って立ち合ってやろう。お前は絶対に関わってはいかん。恵祥の祖母は梢と佳織だけだ」「はい・・・」私の一方的な決定に淳之介は重苦しい声で同意した。淳之介も息子として考えることがあったのかも知れないが、この場合は情に流されるべきではない。
「王中校(中佐)に連絡を取らないといかんな」電話を切った後、私は情報収集のため中華民国陸軍で唯一の人脈である第6軍団指揮部法務官の王茂雄中校に手紙を書いた。結局、私の方が広東語の勉強をすることになった。
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  1. 2019/07/11(木) 12:53:46|
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