FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1611

結局、部隊長会同では連隊と駐屯地のホーム・ページに殺到している陸士の外出時間への非難と抗議は「陸士が民間人を装って投稿した」との的外れな推察で出席者が納得してしまった。そうなれば各科長と各中隊長が口々に服務指導の徹底を強弁して時間切れを待つだけだ。
その中身のない議論の間、経緯を熟知している松山3佐は腹の中から湧き起こってくる嘲笑を必死に噛み殺していたが、その一方で手を上げて「雪うさぎのラジオ番組の聴取者がデートも満足にできない2人に同情して投稿した」と言う事実を説明したいと言う衝動とも闘っていた。これが隊員の募集に関係する部署に知られれば深刻な問題として真剣な議論になるはずだが、陸士を「服務事故を起こす要注意対象」としか見ていない普通の幹部自衛官の感覚ではこの事実が恋人の職業を利用した「内部告発」になり、「服務指導」の実態の漏洩にされて、かえって森田曹侯補士の責任を追及されかねないためあえて口を固く結んでいた。
「先任、今後の勤務割では森田士長を木曜日から月曜日の当直士長につけるようにしなさい。警衛勤務なら土日だな。兎に角、火曜日が休みになるように頼む」部隊長会同を終えて中隊に帰った松山3佐は事務室に寄って先任陸曹の曹長に指示した。部隊長合同では隊員に対して「ホーム・ページは不特定多数が閲覧するから内部告発の手段に用いることは絶対に許されない」と言う的外れな指導を徹底することが決まり、それを終礼時に先任陸曹に言わさなければならないのだが、松山3佐にはその前に講じるべき対策があった。
「私は勤務の回数が曜日を含めて均等になるように考えていますから森田だけを特別扱いする訳にはいきません」そう言って先任陸曹は引き出しから曜日別に特別勤務の回数を記録した中隊所属隊員の一覧表を取り出して見せた。早い話が「今更、やり方を変えたくない」と拒否したのだが、この中隊長と議論することは避けなければならない。
「別に回数を減らせって言っているんじゃあないんだ。どうせ勤務させるなら本人が喜ぶように配慮することは士気の高揚につながる施策だろう」「本当に本人が喜ぶんですか。普通は土日を外した月曜から木曜の方を喜びますが」どうやら先任陸曹は森田曹侯補士が雪うさぎ=広橋照子と交際していることを把握していないようだ。それでは照子の勤務先の書店兼CDショップが火曜日休みと言う特殊事情に対する配慮も理解できるはずがない。松山3佐は宮古市の被災地に残留して2人の出会いにも立ち合っているため交際の進展を確認しながら悩みも聞いているが、森田曹侯補士は誰にでも話している訳ではないようだ。
「本当は特外(特別外出)を許可したいところだが、それは周囲の反発を買うことになるから我慢させよう」松山3佐の言葉に先任陸曹は顔を強張らせて身構えたが、後半を聞いて肩の力を抜いた。本来、松山3佐は色恋沙汰には必要性も認めていない門外漢なのだが、災害派遣から帰宅して妻の松山裕美2曹への土産話に口にしたところ私設応援団が家庭内に設立されてしまったのだ。松山3佐は大学時代から女学生とは無料で性的欲求を解消する手段として関係を持つだけでは恋愛を経験することはなかった。松山3佐にとって女性の感情的反応は幼い頃から学んできた男性の著作物で述べられている論理とは合致せず、思考に混乱をもたらすだけだった。陸上自衛隊に入ってからもエリート幹部として色目を使ってくる女性自衛官を適当に摘み喰いしていたが、駐屯地業務隊厚生班で知り合って抱いた裕美士長(当時)はバージンだった。そこからは一途に押しまくられ、気がつけば独身幹部の官舎を下宿代わりにして通い妻を始め、気がつけば駐屯地中から祝福されて結婚していたのだ。それでも裕美2曹は良妻賢母であり、幹部自衛官としてはエリート・コースから外れつつある自分を変わらず尊敬してくれているので特に不満はない。その妻がこの10歳年の差カップルを応援している。松山3佐として珍しく妻の指揮・指導に従って可能な限りの支援を実施することを決めていた。
「中隊長が来月から演習がない時には火曜日に休めるように配慮してくれたんだ」この話を営内班長から聞いて森田曹侯補士は早速、照子に電話した。自衛隊では服務指導と報告は指導系統(戦闘や訓練では指揮系統)と呼ばれる組織構成を通じて行われるので、中隊長の指示も陸士に対しては先任陸曹を通じて営内班長の陸曹から伝達される。
「中隊長さんって被災地で案内して下さったエライ人でしょう。そんな人も応援してくれているのね」流石に照子は「暗そうな人」「オタクっぽい人」とは言わなかった。
「それじゃあ続きは土曜日に会って話そう」「うん、もうすぐ会えるんだから電話じゃあ勿体ないわ」本当は会えないからせめて電話で声を聞いているのだが、会った時の話題を消費しているような気分になるのも確かだ。要するに声が聞かれれば十分なのだ。ただし、土・日曜日のデートは照子の店の空き時間でも休日は客足が途切れることがないため店員が交代で取る昼食につき合いながらの会話だけだ。
スポンサーサイト



  1. 2019/07/14(日) 12:18:16|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ1612 | ホーム | ジャニー喜多川さんの逝去を追悼する。>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/5501-b387f91d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)